ゆらゆら
蝉の声に連れられて、ゆらゆらと熱気が体を撫でる。
「もうこんな時期か、早えなぁ」
肩にのっけた花束を傘みたいにくるくると回しながらキンちゃんが言った。
「ちょっと、花びらが散っちゃうでしょ。花束の持ち方はこう」
それを見たアイが花束を下向きに持ち直させる。去年も見た光景。
「それ、去年も見たぞ。いい加減覚えろっての」
「一年に一回しか来ないんだから、忘れちまうだろそんなの。そう言うお前はちゃんとライター持ってきたんだろうな」
「そういうのは覚えてるんだな……。持ってきたよ。お前と違って、僕は学習するからな」
三人で暫く歩いていると彼女の姿が見えてきた。
「私水汲んでくるよ、先に二人で準備しといて。はいこれ」
アイから飲み物やお菓子の入ったビニール袋を受け取る。
目の前に着いた僕は、キンちゃんと二人で準備を始めた。ビニール袋からお菓子を取り出し、包装を取る。花瓶から花を取り出し、新しい花束に差し替える。
「アイツはどうした」
「忙しんだってさ」
「今日ぐらい空けときゃいいのに……」
「……」
包装紙をビニールに詰め、飲み物を取り出す。
「おまたせー」
「おう、悪いな毎年」
水の入ったバケツと柄杓を受け取る。
「ありがとう」
「毎年のルーティンみたいなもんだから。逆に私が行かなきゃ落ち着かないというか。……あ、あんた、またビール」
「これが俺のルーティンなの。帰りの運転よろしく」
「別にいいよ、それが僕のルーティンだから」
柄杓で水を掬い、思いっ切りてっぺんからかける。そしてキンちゃんに手渡し、同じ様にする。
「はい」
最後にアイが水をかけ、花瓶にも新鮮な水を入れてやる。周りに生えている雑草を引き抜き、目立つ汚れは雑巾で綺麗に拭き取った。
「よし」
一通り準備を終えると、僕は鞄からライターと線香を取り出した。
「ホントに忘れてなかった」
それに火をつけ、大体三等分にして二人に分け与えた。そして、順番に受け皿の上にそれをのせていく。
「ジュース、開けた?」
「いや、まだ。後でいいんじゃない?」
ペットボトルを線香の傍に置くと三人で同時に手を合わせた。
「…………」
「……」
「……」
それから一分ほどそうしていた。
「……おしっ、じゃあ食うか」
「早く飲みたいだけでしょ」
カシュッ。乾いた良い音が響く。
「ペットボトル開けるよ」
「私も、いただきます」
僕は二人と共にお菓子をつまみながら、昇っていく線香の煙を見つめていた。
ゆらゆら。ゆらゆらと昇っていく煙。
ゆらゆら。
「痛っ」
落ちる木の葉を眺めていたら、いきなり腰あたりにチクッとした痛みが走った。
「なんだこれ……」
腰に手をあてたまま地面を見やる。
「おい、だれだよ栗なんてなげたやつ」
「だって、キンちゃんがボーっとしてたから」
「……あぶないだろ、ケガしたらどうすんだよ」
「ちゃんとねらってるから大丈夫だよ」
「そうじゃなくて……。あれ?ショウイチはどうした?」
「ジュクがあるからさきに帰るって」
「ふーん……」
栗の殻を靴で踏みながら相槌を打った。
「……」
「じゃあオレも帰ろっかな」
「ええーっ!」
「うるさ」
「もっとあそぼうよお」
「オレはもう帰りたいキブンなの。アイのところ行けばいいだろ」
「アイちゃんは、きょう風邪で学校やすんでたでしょ」
「おまえと二人だけじゃつまんねーの」
「ひどーい!」
踏みつぶした栗の殻を蹴り飛ばし、中身を拾って帰ろうとしたその時だった。
「いった!」
今度は頭に痛みが走った。
「また当たったぁ」
「コノヤロォ」
オレは地面に敷き詰められた落ち葉を腕いっぱいに抱き込み、彼女めがけて投げ飛ばした。
「アハハハ!」
彼女も対抗して落ち葉を投げつけてくる。
「クソッ……、いたっ!栗もいっしょに投げてくるんじゃねえ」
オレたちはそうやって、放課後の日が暮れるまで落ち葉を投げ合っていた。
舞い降りる落ち葉のカーテン、その隙間からゆらゆらと覗く彼女の笑顔をオレは見ていた。
ゆらゆら。ゆらゆらと揺れる笑顔。
ゆらゆら。
「はい、もしもし。……あっ、ショウイチ。うん、来年も……、うん。その事なんだけど……、ごめん、仕事の都合がつかなくって。…………、そうなんだ、キンちゃんが……。大変だね、じゃあ来年は二人で?……、そっか、そうだよね。ごめんね、ホントに。…………、え?ああ、えーっと、まあ仕事が一段落ついたら、連絡するよ。……、うん、じゃあ、またね」
私は通話を切り、スマホを鞄にしまった。漏れた吐息がゆらゆらと視界の邪魔をした。
もう家の目の前まで来ていたが、立ち止まったまま電話で話していた。そして、電話を切った後もしばらく白い吐息を眺めていた。
鞄の中を探り、鍵を取り出す。そして鍵穴に挿そうとし、直前で手を止めた。
「……」
私は唐突に踵を返し、アパートの階段をくだって駅の方角へ歩き出した。
「……」
気が付くと公園のベンチに座っていた。
「……」
駅前を行きかう人々を意味もなく眺めている。いや、私の瞳は明確な目的を持って無意識に動いていた。
「何やってんだろ、私」
両手で顔を覆い隠そうとしたその時、視界の端にゆらゆらと揺れる何かを捉えた。咄嗟に、ハッとそちらに向き直る。
「アンタそれ、スカートだけで寒くないの?」
「いやウチ、今日朝時間なくてさ。別に冬服だから言うてそんなにだし……」
見たことのない制服だ。ここら辺の学校じゃないのだろうか。
あの子とは似ても似つかない。
私は今度こそ両手で顔面を覆い、白い息で目の前が見えなくなるほど深く息を吐いた。
「はぁぁ…………」
冷たい。
冷たい、私の手。まるで死人の手のひらみたいに、冷たい、白い、あの子の……。
「はぁ……」
その時、冷えた手の甲に生暖かい温度を感じた。
雨?
「ゆき……」
私は徐に立ち上がり、電話をかけ直した。
「……もしもし、ショウイチ。……うん、さっきの事なんだけど……」
ゆらゆら。ゆらゆらと粉雪が舞っている。
ゆらゆら。
「おーい、撮るよ!こっち、こっち」
「ごめん、ちょっとまって」
「あれ?ミズキ、アイツはどした」
「……なんかさっき、先生たちと写真撮ってたけど」
「僕、見てこようか?」
「……でも、そろそろ来るんじゃないかな」
「あー、このカメラどうやって使うんだ……?」
「ちょっとかして」
桜が舞っている。ゆらゆらと、四人の小さな体に影を落として。
「あっ、来たんじゃない?」
一人の少女が手を振りながら駆け寄って来る。
「みんな、ごめーん!別に待ってなくてもよかったのに」
「最後くらいは五人そろった写真が欲しいだろ」
「……もう会えなくなるって訳じゃないけどね」
「でもショウイチとミズキは違う中学行くんだろ」
「……まぁ」
「いつでも会えるよ」
「……はいっ!撮るよ、並んで!」
「いやちょっと待てよ……」
「あと五秒しかないからほら早く」
「ここ見切れてない?」
「あんまり押すなよ……」
「アイちゃんも早く……」
「うん……」
カシャ。
「……えへへ」
とっても嬉しそうで、少しはにかんだような顔だった。
ゆらゆらと思い出が滲んでく。
ゆらゆら。
ゆらゆら
くずかご 樫亘 @tukinoihakasa
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