第3話 譲歩


 数日後、母から一人の男を紹介された。見合い相手ではないのはすぐわかった。だって変な奴だから。


「おっす! 拙者、しのびでござる。以後よろしくな」


 ござる……、って変な喋り方。黒頭巾で顔を隠し、服も絞りのある黒の上下を着ている。


「ジェシカちゃんは、頑固だからね。もう何言っても聞かないでしょう。でもママにもママの考えがあるのよ。冒険者になりたければ結果を出しなさい。学校を卒業する前にCランクの任務をこなすこと。彼も冒険者だから、教えを請えばいいわ」


 お目付け役がついたけど、譲歩は引き出せた。一歩前進だ。


「ねえ、あんたママの新しい恋人?」


 忍と二人きりになると、我慢できずに訊ねた。彼はさわやかに笑い飛ばす。


「そう言ってもらえるのは光栄だが、一宿一飯の恩があるだけでござるよ。お嬢は気にせず、自分のしたいことをなされよ」


 初めは警戒したけど、忍は有能だった。頼んでもいないのに家の経理をしてくれて、いらない土地を売ることができた。商業ギルドにも顔が利くみたいだ。おかげで学校を卒業するまではなんとかなる。 


 学校帰りに、冒険者ギルドに赴く。酒場の一階に受付があり、ここで依頼を受ける。キャメルの学制服姿のあたしは珍しいようで、視線が集まった。


「おい、嬢ちゃん。ここは子供が来るようなとこじゃないんだぜ」


 図体の大きなスキンヘッドがあたしを見下ろす。舐められるのもしゃくだから遊んであげる。


電指剣フィンガーボルト


 手刀を男の腹に当てる。短い光が瞬くと男が倒れた。無詠唱で簡略化してるけど、肉くらい簡単に焼ききれる魔法だ。


「あの娘、ストックウルブズの雷光姫じゃないのか」


「ローゼンベルクの狂犬が殴り込みにきたのか」


 遠巻きにひどい言われようだ。こう見えて学年主席様なんだぞ。


「そのくらいにするでござる、お嬢」


 忍がやんわりとあたしの腕を取った。邪魔だから置いてきたのに尾行されたのだ。信用ないな。


「あたし悪くない」


「力を誇示するのも時と場合によるでござる。冒険者は孤にあらず。いい加減覚えて欲しい」


 ここにいる奴らはあたしより弱い。そんな奴らと組んでも、目的は達せられないだろう。


 それなのに、忍と来たら子供のお使いみたいなクエストばかり持ってくるのだ。自分で依頼を受けようとしてもこうして邪魔される。もう猶予は一年ないのに。


 木戸が開き、寒風が吹き込んできた。新しい客の姿をなんとなく目で追う。長銃を背負った若い男だ。黒髪に無精ひげ、清潔感はあまりない。


 彼はまっすぐカウンターに行き、受付で話し込んでいる。それが終わると忍の前で足を止めた。


「おつかれでござる、ヤマダ殿」


 ヤマダと呼ばれた男は、忍の知り合いらしい。


「忍……、か。ガキのお守りしてるんだってな。儲かるのか」


 ガキって、あたしか。忍の忠言もあり、怒りをぐっと堪える。


「こちら、ローゼンベルク家のジェシカ殿。才気あふれるお嬢さんでござるよ」


 あたしは無言で腕を組んで、ヤマダをにらんだ。向こうも長い前髪の向こうから怜悧な瞳を向けてくる。


「金は持ってなさそうだ。忍、物好きだな」


 ぼそぼそと失礼なことを言って、彼は退散した。


「許して欲しいでござるよ。悪い男ではないのだが……」


 忍には悪いけど、ここ数年で一番の侮辱だ。その日は依頼も受けずに屋敷に帰った。


 雪下の中、クランツが剣を振っていた。彼の広い背中にしがみつく。鼻声になりながら健闘を讃える。


「ごめん。あんた、頑張ってるよ……」


「どうした!? ジェシカ」


「あたしも頑張ってるよ。そうだよね?」


 揺らぎそうになる自信をどうにかつなぎ止める。


 絶対、冒険者になって見返してやる。

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