第2話 贅沢品
本当はお見合いどころではないのだ。
あたしは現在、ストックウルブズ魔法大学に通っていて忙しい。四年制の大学で、卒業後は院で研究したり、工房を構えて独立できる。
いずれにしろお金はかかるし、どっちも考えていない。将来のことはまだ誰にも秘密だ。
学校の用事を理由にお見合いを断っていたけど、限度がある。母は抜け目なく予定を組んでいた。
相手を屋敷に招いてのディナーから逃げられない。海軍に所属している角刈り男だ。目が小熊みたいでちょっとかわいい。
「僕のブルックリン砲がドゥルンドゥルンでして」
「あはは」
兵器の話しかしなかった。絶対ないわ、こいつ。うちの家名目当てなの丸わかり。ローゼンベルク家は社交界にも影響がある。世論を決めるのは社交界だ。戦費調達のために仲良くしたいんだろう。
彼が帰った後、母が様子を伺いに来た。
「どうだった?」
「見ての通りドゥルンドゥルンだった」
「あら、いいじゃない。ドゥルンドゥルン」
なにがいいんだ。当然お断りさせてもらった。
三年生になると、教室でも進路のことが話題に上る。院に上がる子、結婚する子、様々だ。
「ジェシカはどうするの? やっぱりおうちを継ぐの?」
クラスメートからの質問を適当にはぐらかし、古びたレンガ作りの校舎を出る。手のひらに雪が降りては儚く溶ける。
寒い中、クランツが屋敷の前で待っていた。あたしの足音で振り返る。眉にまで雪がついていた。
「どうしたの? そんなところで。庭の整備費用ならもう少し待って。月末になんとかするから」
クランツには無理を言って支払いを待ってもらっている。その件かと思いきや、彼はあたし個人に用があったのだ。
「そんなことどうだっていい。ジェシカ、学校卒業したらどうするつもりだ」
詰問されて隠すのも面倒になってきた。うっかり口が滑る。
「んー、冒険者」
「え?」
詳しい説明をする前に、冷えをなんとかしたい。勝手口から屋敷に入る。台所で、たらいに湯を張り、二人で足を入れた。
「はー……、あったまる」
「さっきの話、本気か」
怖じ気づけたような目を向けられても困る。あたしだって事の重大性はわかってるんだから。
軍ですら躊躇する危険地帯を調査したり、有害な魔物を駆除するのが冒険者の仕事だ。最高位のS級になれば片手団扇で暮らせると聞いたことがある。
「アンジェリカさんには相談したのか」
「するわけないでしょ。あの人の冒険者嫌いは筋がね入りよ」
リスクはあるけど、家を守るにはこれしかないって思ってる。魔法使いなんて今時儲からない。新しい魔法を作ってライセンス料取るなんて、時代遅れなんだ。
「なあ、ジェシカ。冒険者は大変だぞ。命を落とすかもしれない」
「そんなに言うならあんたが守ってよー」
わざと甘えるように言ったが、彼の顔は強ばるばかりだ。
「いや、俺はただの庭師だし」
クランツの煮えきらないところが好きになれない。卒業したら、あんたと結婚するってあたしが言うの期待してた癖に。友人としては悪くないけど、運命を託せる相手ではないってはっきりわかった。
「もういい。あたしの考えは変わらないから」
夕食後、母に居室に呼ばれた。暖炉に赤赤と火が点る。薪も安くないが寒いので仕方ない。母はソファーにいて、眼光鋭く命じてきた。
「ジェシカ、ここに座りなさい」
ちゃん、をつけない時は怒ってる時だ。緊張しながら母の隣に腰を下ろす。
「冒険者になりたいそうね」
クランツがチクったのか。あいつもう絶交だ。
「なりたいって言うか、なる」
部屋にはカビ臭い魔法記号論の本が転がっている。窓ガラスはヒビが入ってる。全部お金がないのが悪いんだ。
「馬鹿なことを……、貴女のパパがどうして亡くなったか忘れたの?」
父は冒険者だった。あたしがまだ幼い頃に亡くなった。女王個体という凶悪な魔物に殺されたのだ。父と同じ道に進む娘に母が反対するのも理解できる。
「結婚が生活の保証になるって、ママは言うけど、相手の匙加減に任せるなんて絶対嫌。自分の道は自分で決めたい」
親に反旗を翻すのは勇気がいる。ビンタされても仕方ないと思ったけど、母は不気味なほど冷静だった。
「貴女の考えはわかりました。それはそうと男の子にはもっとやさしくしなさい。クランツ君、泣いてたわよ」
「あたしのせいじゃないし」
確かに、クランツに冷たく当たったのは悪いと思う。気持ちに余裕さえあれば、もっと違う関係になれたかもしれない。
何気なく立ち上がって、窓の外を見下ろすと、庭でクランツが剣を素振りしていた。
「なんであいつまだいんの? わざわざうちの庭で素振りとか、頑張ってますアピールうっざ!」
「ジェシカったら、なんて性格が悪いのかしら。全く誰に似たの。ママ悲しい」
誰のせいだよ。今必要なのは、月々の支払いの心配がない安定した生活だ。
愛だの恋だの、贅沢品だっての。
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