世界一美しい煙
銀河
第1話
駅から公園への道はやっぱり混んでいた。今日の花火は県内外、全国から観客が集まる大きなものだ。交通整備の笛があちこちから響く。半歩ずつしか進めないほどのごった返しようだ。昨日まで降っていた雨も相まってとても蒸し暑い。
僕はちらりと左の方を見た。隣でも暑そうに朝顔が描かれた水色の浴衣の袖をパタパタさせている。いつもは下ろしている髪を後ろで結んでいて、半歩進む度に揺れているのが愛おしくなる。待ち合わせの駅で会った時、褒めよう褒めようと思っていたがなかなか良い言葉が浮かばず口ごもってしまった。こんなことなら「浴衣の女子は褒めない方が難しいわ」とか豪語していた友達にひとつふたつ授かっておけばよかったと後悔している。こんなことを言えなければ告白なんてもってのほかだろう。
この分だと公園に辿り着いてもまともに座って観られるかわからないな。花火大会開始の時間もそこそこ迫っていた。
これ以上の失敗は出来ないな。今日のこの花火大会だって僕が勇気を振り絞って誘った訳ではなく、彼女との会話の流れで決まったことだ。今日会うまで2人で行けるのかもわからなかった。もしかして僕のことを?なんて考えたけど、恥ずかしくなって自分の頬を叩くことを2回もした。ここはひとつ考えよう。
「この流れのまま山ノ下公園行くんじゃなくて、ちょっと外れた所から観ない?近くに丘みたいになってる所あって、そっちの方が混んでないかも」
もっと早く言ってよと思われたかもしれないが、彼女は頷いて、そうしようと言ってくれた。
「この通り渡ったらこの流れから右側に逸れよう」
僕がそう言ってすぐ、人混みに飲まれる。咄嗟に手を出して彼女の手を掴もうかと思ったが躊躇してしまう。
1人分後ろに行ってしまった。
暫く別々で通りを渡っていると、左側からバニラのように甘く薫った。
「体幹弱くて流されちゃった〜」
と僕の左側から少し恥ずかしそうに彼女は笑った。僕がもっとしっかりしていれば…。
「こっち側行こう」
「うん」
小学生くらいの頃に家族と来た丘への道を思い出す。確かこの住宅街を抜けた所だ。時間、間に合うかな。少し焦りが出る。
ふと我に返る。隣の足音が少し後方から聴こえた。
「ごめん!」
彼女が早足で追いかけてくる。
「ううん」
またやってしまった…。こうやって信用が無くなっていくんだろうな。ひとり落ち込んでいると、
バンッ!
背中側から破裂音。
「あ、始まったね〜」
彼女は緑色の花火を仰いで言った。
少し間に合わなかったか。
「ごめん、公園にした方が良かったかな」
僕は咄嗟に謝る。
「そうなの?ここ登れば綺麗に見えるんじゃないかな?そんな混んでないみたいだし!」
彼女は顔をオレンジに光らせながら屈託なく言った。
「うん、登ろう」
傾斜は緩いが足元は暗い。手を差し伸べようか迷う。
「足元大丈夫?」
ぎこちなかったかもしれないが、たずねてみる。
「うん、花火明るいから」
そっか、と僕。
丘の途中の踊り場のようになっているところにある岩まで着いた。
僕が、ここから観ようかと声を掛けようと振り返ると思いもよらない光景が目に映った。
花火が見えないのだ。煙に包まれた光しか見えない。目の前には街の夜景に濃く白い
「どういう…」
言葉にならなかった。頭が真っ白になった。数分間、何が起きたかわからず固まってしまう。
恐らく風がなくて煙が引かないのだろうと気が付いたのは、周りの観客が諦めて帰ろうか話し始めた頃だった。
隣を見ることが出来なかった。きっと呆れていることだろう。勇気出して誘った訳でもなく、浴衣も褒めず、人混みでフォローできず、急に見る場所を変えた結果がこうだ。音と光る煙だけが虚しく漂う。さながら空襲だ。赤、青、緑、様々な煙が爆音とともに形を変える。
爆音の合間に彼女の声が届いた。
「受験生だとさ、こういうとき炎色反応を思い出しちゃうよね」
彼女の方を見る。きっと僕は情けない顔をしていただろう。そんな僕に向けた彼女の顔は明るくカラフルに光っていた。
「見えないね…」
つぶやくように僕が言う。
「これはこれで綺麗かもね~。お客さんもいなくてゆっくりできそうだし、なんかいいな」
彼女はフォローするでもなく、まっすぐに言ってくれた。この人はどんな時でも否定しないでいてくれる。
ああ、この人は本当に僕を見捨てていないんだ。もしかしたら、今の僕なら、自分の何も肯定できないけど、この人に伝えることが許されるなら…
「あのさ、」
卑屈な僕の、なけなしの勇気。
この時自分で言った言葉は覚えていない。
だけど、この時の彼女のカラフルな笑顔は今でも忘れられない。
世界一美しい煙 銀河 @andromeda184
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