第9話

 その上、彼らは存分に大学生活を謳歌している。

 気の合う友達に優しい恋人、足りないものなんて何もない。キャンパス内を歩けば、そんな人たちがそこら中にいる。彼らは学力しかない僕と違い満ち足りた青春時代を過ごしている。いわば僕の上位互換だ。

 僕はそんな彼らを見る度に、嫌でも自分と比べてしまい、そして自分が彼らに比べていかに劣っているかを自覚させられるのだ。

 すると、それまで当たり前だったことでさえ、急に耐えられなくなってしまった。たとえば、小学校を卒業して以来、中学高校と僕は一人で登下校していたんだけど、そのことに僕は疑問を感じたことなんて一度もなかった。だけど、大学生になって毎日、楽しそうに友人や恋人と登校してくる同級生たちを見ていると、自分がどうしようもなく孤独な人間だと感じるようになってしまった。以後、僕は家と大学を行き来する最中、隣に誰もいないことを意識しては虚しさを覚えるようになったのだ。

 他にも学食で昼食を食べている時もだ。高校時代、ひとりぼっちで昼食をとることは、ごく普通のことだった。けれど、大学生になって学食で楽しそうに友人たちと食事をとっている人たちを見ていると、また自分が孤独な人間だということを思い知らされる。

 それ以来、僕は学食を利用せず、コンビニで買った弁当を大学近くの川原で食べるようになった。

 こういったことが、段々とフルタイムで起こるようになっていった。家で一人で食事をとっているとき。一人でテレビを見ているとき。一人でベッドに寝転んでいるとき。一人で買い物をしているとき。とにかく四六時中、僕は孤独だということを実感して、喪失感に襲われた。

 街を歩いていて若いカップルなんか見た時には、なんとも言えない気持ちになった。

 いまこうしている間も同世代の彼ら彼女らは、一度しかない青春時代を謳歌しているのだ。

 もちろん僕にも恋人じゃないけれど、心に決めた人はいる。そう、結崎だ。

 いつだって彼女は僕の味方だ。中学や高校でクラスに馴染めなかったときも彼女との約束を支えになんとか乗り越えてきた。だけど今回ばかりはどうしようもない。

 だって彼女はここにいない。彼女との再会はまだ少しだけ先だ。だから僕の隣には彼女はいないし、一緒に登校もできなければ学食で食事を囲むこともない。

 そういうわけで僕は終始傷ついていた。困ったことに、自分を慰めようといて綺麗な景色を眺めたり、美味しい料理を食べたり、感動的な映画を観たりしたけど逆効果だった。「こんな素敵なものを分かち合える相手がいないなんて」っていう気持ちにさせられるんだ。


 そんなこんなで、しだいに大学へは足が遠のいていった。

 そして四年生になった現在、僕はまったくと言っていいほど大学に行っていない。

 すでに卒業に必要な単位をいくつか落としていたけれど、他人事のように気にならなかった。

 同級生たちは今頃、就職活動だの院試だので忙しくしているんだろうか。そんなことをふと考える。考えたところで、卒業すらままならない僕にはまったく意味のないことだが。

 高校卒業以来、一人暮らしをしていた僕は大学に行かなくなったのと同じくして、アパートに閉じこもるようになっていた。出かけるのは近所のスーパーに買い物に行くときぐらいだ。

 それ以外のときは、何をするでもなくベッドの上でぼーっとしている。生きる屍と言っても過言ではない。

 閉め切ったままのカーテンが、真昼の陽光を遮り、しかし遮りきれずに、生地の網目が明るく透けている。

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