第8話

 寂しいもんだよ。一番楽しいはずの修学旅行や文化祭でさえ、悲しい思い出しかないんだから。

 旅行先での班行動のとき、班の他のメンバーが僕のことを露骨に邪険に扱っていたこととか、文化祭で屋台をやったときは、ずっと呼び込みをさせられて自分のクラスの出し物にまったく顔を出させてもらえなかったこととか、そんな思い出。

 だから僕は勉強に逃げたのかもしれない。唯一、自分が胸を張れるほど伸ばすことができるのは学力ぐらいしかないから。賢くなればなるほど、いい大学に行くことができる。きっと結崎も偏差値の高い大学に行くことだろう。ここで僕が必死に勉強することでようやく彼女と肩を並べられるんだ。

 クラスメイトたちが青春や恋愛にうつつを抜かしている間、僕は机に向かい問題集や過去問ばかり解いていた。登下校中の電車内では単語の暗記に励み、家に帰ると夜の決められた時間には机に向かう癖までできた。

 勉強をしていると、集中しているからか余計なことを考えなくなる。僕が寂しい高校生活を送っているだとか、クラスから浮いているとかそんなことだ。

 だけど、ふと集中が途切れたとき、それは津波のようにいっせいに押し寄せてくる。そんなとき、僕は深く呼吸をしながら結崎との約束を思い出すのだ。

 あと数年で結崎に会える。この辛さも結崎との再会をよりよいものにするはずだってね。

 だって言うだろう? 空腹は最高のスパイスだって。まさに僕のいまの状況は、食事前の空腹のようなものだ。

 そういえば、この頃に一度だけ結崎から手紙が来たことがあった。一種の空腹状態だった僕はそれはもう飛びつくように手紙を読んだよ。そして、僕は頭の上に大きなクエスチョン・マークを浮かべることになった。

 封筒には、紙が一枚。五線譜におたまじゃくしが並んでいた。手紙の本文らしきものはどこにも見当たらず、音符が書かれた楽譜が一枚だけ。それもワンフレーズだけだ。

 何かの手違いだろうか。本当は別に書かれた手紙があって、封筒に入れるときに誤って間違った方を入れてしまったとか。

 それならすぐに間違ったことを訂正する手紙が届くはずだ。

 僕はそう自分の中で納得し、新しい手紙が届くのを待った。

 けれどそれから新しい手紙が届くことはなかった。くしくも一番早い受験日まで一年をきり、本格的な受験勉強が始まったこともあり手紙のことは頭の隅に追いやられてしまった。

 受験勉強の成果は上々で一度上がり始めた学力は、結局、最後まで伸び続けた。そのおかげで僕は、志望していた大学よりもワンランク上の大学に合格することができた。世間では難関大学と呼ばれている大学だ。大学名を言えば大体の人は「ああ、賢い大学だね」と言ってくれる。素敵な気分だった。努力は裏切らないとはいうもんだ。

 体中に力が漲って、今ならなんだってできるって思った。

 そこまではいい。そこまではよかったんだよ。



 入学式が終わって、憧れの大学生活が始まった。問題はむしろここからだったんだ。僕は根本的なことを見落としていた。

 今まで僕は人付き合いが苦手なことを、その高い学力でカバーして自尊心を保ってきた。僕には友達や恋人はいないけれど、学力がある。一方でクラスメイトたちは、学力の高さを犠牲にした代わりに友情や恋愛を楽しんでいる。

 どちらかをとれば、どちらかを捨てなければいけない。だから僕は学力の方をとったんだ、と。

 だけど大学生活を過ごすうちに気がついてしまったのだ。この大学にいる人たちは、僕と同等かそれ以上の学力を持っている人たちばかりだということに。

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