第7話

 実際、校内の治安は最悪だった。毎月のように窓ガラスか蛍光灯が割られ、トイレではタバコの吸い殻が毎週のように見つかった。月曜の朝礼では毎度毎度、生活指導の教師がこめかみに血管を浮かばせていたっけ。

 胃を痛めるような毎日を僕は結崎の持論を思い出して耐え忍んだ。

 この不幸という名の銃弾の雨を抜けた先には、結崎との再会というご褒美が待っている。

 これは将来、幸せになるための布石なんだと。

 それから僕は耐えるだけでなく勉強にも力を入れた。偏差値の高い高校に行くため、というのもあるけれど、その理由を突き詰めれば、将来結崎と再会したとき、僕が劣等感を抱かないようにするためということに行き当たる。

 十年後、結崎と再会して昔みたいにお互いを慰め合うだろう。そのとき、相手と自分の社会的地位の差がありすぎると、それは慰めというより一方的な憐れみや同情になってしまう。勝者が敗者に同情している構図を思い浮かべてもらえればいい。

 それはもう平等とはかけ離れている。僕が欲しているのは一方的な憐れみではんく、対等な立場での慰め合いだ。

 これを実現するには僕が彼女の学力に追いつくか、彼女が僕レベルに落ちぶれるかのどちらかになる必要がある。

 だけど僕は頭が良く、いじめを受けても動じず凛としたまま本を読む結崎が好きだ。一種の憧れすらある。

 そんな彼女が落ちぶれる姿なんて見たくない。ならば、僕が彼女に近づくほかない。



 猛勉強の甲斐があってか、僕は地元では進学校と呼ばれる高校に合格した。

 さすが進学校というべきか、校内は中学校とは比べ物にならないほど平和だった。窓ガラスや蛍光灯は割れないし、トイレもいつも綺麗だ。みんな常識があり、中学生のときのような突拍子のない行動を起こすやつなんて誰ひとりいなかった。

 しかし、だからといって僕のもとに楽しい学生生活が舞い降りてきたかというと話は別だ。

 長い間、環境の悪い場所でビクビクしながら生きていたせいか、僕は人というものに恐怖心を抱くようになっていた。つまり簡単なところ人間嫌いになった、ということだ。いや、それ以前に周囲の人間から疎外されていたことを考えると「人間嫌われ」のほうが正しいかもしない。

 とにかく気がついた頃には僕は、他人と関わることに消極的な人間になっていたということだ。

 だから高校でも友達ができることはなかった。

 そもそも友達の作り方すらわからない。暗闇で過ごすモグラや深海魚の目が退化するみたいに、僕のコミュニケーション能力も大幅に退化したようだった。

 いじめられもしないけれど、特に誰も仲良くしてくれない。クラスで浮いた存在だ。疎外感が半端ない。

 こちらから話しかければ、きっと彼らは僕を快く受け入れてくれることだろう。だけど、僕のコミュニケーション能力は著しく低下している。どこでどんな言葉を使うのが適切か、どんなリアクションをすることが正しいのか僕にはわからない。

 もし間違った選択をしてしまい、彼らを失望させてしまったらどうしよう。もしかしたらそれがきっかけでいじめが始まるかもしれない。

 そんなことを考えてしまい、僕は他人に話しかけることに一歩踏みとどまってしまった。

 結局、僕は高校三年間、孤独に過ごすことになった。

 高校というのは、友達のいない人のためには作られていないということを実感した。そういう人が楽しく過ごせるようにはできていない。

 だから僕の高校時代の思い出はほとんどない。思い出せるのは毎日、結崎との約束を支えに過ごしていたことと、勉強に打ち込んだことぐらいだ。

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