第6話
僕の言葉に結崎は、「そうかな?」と拗ねたように唇を突き出した。そして、しばらく難しい顔で唸ると「あっ」と声を上げた。
「そんなに将来の幸せに不安があるなら、こういうのはどう? もし大人になっても幸せになれなかったら、今みたいに二人で傷を癒しあうの」
「大人って、どれくらいの大人?」
「そうだなぁ。じゃあ、今から十年後。もし十年後も不幸せだったら、そのときは……一緒になりませんか?」
突然の告白に僕の心臓は、飛び跳ねてしまった。結崎を見ると彼女は色白の顔を赤らめて俯いていた。
さっきまで耳障りだった蝉の音が小さくなって、逆に心臓が鼓動する音がやけに大きく聞こえる。
まさか彼女にそんな提案をされるとは思ってもいなかった。僕は暴れる心臓を深呼吸して落ち着かせる。喉をゴクリと鳴らして、それからしっかりと結崎を見つめた。
「……いいよ。十年後。約束だ」
そんな僕と結崎にも別れがやってきた。
それは中学に進学するタイミングだった。
いたって普通の学力の僕は、そのまま同級生たちとともに地元の公立中学校に進学したが結崎は違った。
結崎は少し離れた街にある私立の中学に進んだ。彼女の学力を考えればそれは賢明な判断だと思う。
結崎が別の学校に行くと知ったとき、僕はショックを受けなかったと言えば嘘になる。これから始まる地獄の日々を思い返しては、その憂鬱さから食事もほとんど喉を通らなかった。
だけど、彼女の立場に立って考えてみるとそれは当然のことだった。
こんな掃き溜めのような学校、僕ですら願い下げだ。だけど僕には結崎のように学力という武器はない。
逆に言えば、学力という武器を持っている結崎が、私立に行ったことは至極当然のことなのだ。
結崎のいない中学生活は散々たるものだった。思い返しただけでも吐き気がする。
僕の通う中学校は、近くの三つの小学校から生徒が送り込まれてくる。つまり単純計算すると、クラスの三分の二が知らない人ということだ。同じ小学校出身者が少ない教室は、普通ならさぞ心細いことだろう。
だけど、僕は逆だった。僕を知る人が少ないという事実は、僕にとって淡い期待を抱かせた。
大量の新しい顔ぶれの流入に乗じて、僕へのいじめもなくなるかもしれない。
それに、小学校までのいじめられていた自分を捨てて、新しい自分を始めるのにもちょうどいいじゃないか。
もしかしたら結崎がいなくてもやっていけるかもしれない。そんな希望を胸の中で膨らませていた。
そしてその希望で膨らんだ胸は、新幹線もビックリするほどの速さで萎んでしまった。
何も変わらなかったのだ。小学校時代と何も。
仲の良い友達ができるわけでもなく、新しい自分を始めることもできなかった。
僕は相変わらずクラスから浮いた存在だったし、そんな僕を一部のクラスメイトたちはいじめの恰好の標的にした。
僕は自分の考えの甘さをつくづく呪った。よくよく考えれば、僕の考えは間違っているということは明らかだった。
僕の住む町は民度が低いのだ。小学校が違ったとしても大して変わらない。住民の質自体が悪いのだから、そこに通う人たちは僕の小学校にいた人たちとほとんど変わらない。
人を馬鹿にし、貶めることを楽しみするような人種ばかりだ。
そんな彼らが集まる中学が楽園のわけがない。下手すれば小学校時代以上の地獄を見る可能性だってあったのだ。
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