第3話

 多くのクラスメイトは結崎の困った姿を見て、ざまあみろと心の中でほくそ笑んだに違いない。

 そして翌日、結崎の本は見つかった。

 ただし無惨な姿で。

 女子トイレの手洗い場で水浸しになっているところを巡回していた教師が見つけたのだ。

 水を吸った本は、もう読める状態じゃなかった。完全に乾かしたとしても、ヨレヨレになってしまって元通りとはいかないだろう。

 ずぶ濡れの本を前に、いつもノーリアクションを貫く結崎すらも涙を流した。そのときも彼女は、場違いな鼻歌を歌っていて、教師からふざけているのかと注意されていた。

 きっと女子の誰かがやったのだ。いや女子に濡れ衣を着せた男子の仕業かもしれない。

 とにかく同じ教室にいる誰かが、結崎をこんな目に合わせたのだ。

 いじめっ子というのは、人がどうすれば傷つくかということに熟知している。いじめたい相手に直接危害を加えるより、その人が大切にしているモノを傷つける方が何倍ものダメージを与えることができるということを知っているのだ。

 僕にも同じような経験がある。僕も昔は休み時間になると、自由帳を引っ張り出して絵を描いていた。当時流行っていたキャラクターや、教室から見える景色などを想いのままに描いていた。

 だけどある日、その自由帳が忽然と姿を消した。

 家に忘れてきたのだろう。最初はそう思っていたが、帰宅後家の中を探しても見つからなかった。

 そして数日が経ったある日、ズタズタに破られた自由帳を教室のゴミ箱で発見した。

 クラスメイトの誰かがやったのだ。隣の席のあいつか、それともいつも遠巻きで陰口をたたいているあいつか。

 考えれば考えるほど、心臓が激しく鼓動し、めまいがした。まるで船の上にいるように平衡感覚を失い、あまりの気持ち悪さに僕はトイレに駆け込んで胃の中のものをすべて吐き出した。それでもまだ胸に残る気持ちが悪さは消えなかった。

 それからというもの僕は学校で絵を描くことをしなくなった。休み時間といえば今みたいにもっぱら寝たふりをして過ごすのだ。



 女子たちの舌打ちが聞こえて、僕は意識を現実へと引き戻した。

 彼女たちは結崎を顰めっ面で睨みつけていた。僕に続きこちらも不発だったため、面白くないのだろう。

 それから感じの悪い表情を浮かべると、こそこそと仲間内で話し始めた。ここからだとよく聞こえないが大方、僕か結崎の悪口と言ったところか。

 僕から聞こえないほどの小声でも話せるのだから、やっぱりさっきのあれはわざと僕に聞こえるように言っていたのだ。女子たちの性格の悪さにきりりと胃を痛めていると、チャイムが鳴った。授業開始を告げるその音に男子は運動場からドヤドヤと教室に戻り、女子たちもそれぞれの席へと散っていった。

 ここにきて、やっと一息つける。

 これが僕と結崎の休み時間の標準スタイルだった。

 面白くも楽しくもない。第一、休み時間なのに心がちっとも休まらない。これなら教師の監視の目がある分、授業中の方がマシというものだ。



 他にもウキウキしない浮き浮きエピソードはたくさんある。

 例えば授業中。教師の口から発せられる呪いの呪文「二人組作って」。

 児童総お友達説を信じる彼らは、この呪文をよく口にする。この呪文を唱えられると、僕は本当に呪いがかかったみたいに動けなくなってしまう。そしてその間にクラスメイトたちは、相手を見つけて次々と二人組を作っていく。

 もちろん、ここで動けない僕に声をかけてくれるような都合の良い友人などいない。

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