第2話
こちらの反応を窺っていた女子たちは、僕がまったく反応しないことにつまらなそう舌打ちをした。それからまるで息を吐くかのように侮蔑的な言葉を呟き、もう一つのおもちゃに標準を合わせた。
教室の隅で図書室の本を読む女の子。結崎だ。
結崎は平々凡々な学力の僕と違い、よく勉強ができる。締まった顔に凛とした表情は、彼女に知性があることを物語っていた。
クラスでもトップクラスの学力を誇る彼女は、その優秀さから教師には気に入られていた。一方でそれはクラスメイトたちからやっかみを受ける原因にもなっていた。
教師に当てられて正しい答えを言うだけで、「賢いことを鼻にかけている」「頭がいいことをひけらかしている」「教師に気に入られていることを自慢している」と陰口を叩かれてしまうのだ。
だから彼女にも友達はいないようだった。
結崎は休み時間になると読書をして時間を潰す。さすが頭がいいだけあって、寝たふりをして孤独を紛らわす僕よりも何倍も有意義な時間の使い方をしている。
しかし悪口を言う女子たちはそんなこと関係ない。目の前で一人でいる奴は、哀れで可哀想な奴であり、暇を紛らわすための格好のおもちゃなのだ。
その下品さには、ほとほと呆れてしまう。
そもそも僕や結崎がこんな目に遭うのは、僕たちが通う小学校が、民度が特に低い地区にあったのが原因の一つかもしれない。
ここでは頭の良さより、ノリの良さや運動神経の良さ、悪知恵の働き具合がモノをいうのだ。
運動がからっきしできない僕は男子のグループには混じれないし、常識があり、まともな感性が備わった結崎は、他人を貶めることで暇潰しするような品性のかけらもない女子たちと相成れないことは明白だった。
僕はチラリと女子たちを盗み見た。彼女たちは完全に僕への興味を無くしたようで、誰ひとりこちらを向いていない。代わりに新しいおもちゃのそばまでわざわざ移動すると、また下品な笑みを浮かべながら、会話を再開させた。
「休み時間まで勉強してるよ。あいつ頭おかしいんじゃないの」
「本が友達とか恥ずっ」
「ちょっと、みんな言い過ぎだよ〜。もし結崎さんが聞いてたら泣いちゃうよ〜」
対象が自分じゃないとしても、聞いていて気分が悪くなる。だが彼女たちは、まるで好きなアイドルの話をしているかのように嬉々としていた。
痛む胃を押さえながら僕は結崎の様子を窺った。
結崎はまんじりとも動かず、悠々と読書を続けていた。ここでリアクションをすれば女子たちの思う壺だということが彼女にはわかっているのだろう。成績が平々凡々の僕でもわかっているのだから彼女にわかって当然だ。
結崎はまるで女子たちの陰口が聞こえていないかのごとく、かすかな鼻歌交じりにページを捲る。
あんなにひどいことを言われているのに、読書を続けるなんて彼女はどれほど胆力があるのだろう。
それとも周りが見えなくなるほど面白い本なんだろうか。
彼女が読んでいるのは図書室の本だ。
少し前までは彼女はいつも自宅から私物の小説を持ってきていたのにいつしかそれは図書室のものに変わっていた。
僕はふと、少し前に起きた出来事を思い出した。
あれは去年の冬のことだった。結崎の私物の本が無くなったのだ。
紛失に気がついた結崎が担任に相談し、帰りの会を潰してクラス総出で教室を捜索したが、結局見つからなかった。そもそも当時から嫌われていた結崎のために誰も本気で探していなかったんだろう。本気で探していたのは、僕を含む真面目な数人だけだった。
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