【1.十年後の約束】
第1話
もし十年後も不幸せだったら、そのときは一緒になりませんか?
結崎がそんな約束を僕に持ちかけたのは、僕たちが十二歳になる年の夏のことだ。
当時、小学生だった僕と結崎は控えめに言ってクラスに馴染んでいるとは言えなかった。悪く言えば浮いていた。周りが敵だらけの学校生活を日々送っていたのだ。
もちろん悩みを相談できる友達なんてものもいない。だから僕たちはいつも一緒にいた。
学校生活で辛かったのは休み時間だ。特に二時間目と三時間目の間にある二十分休憩と昼休みが最悪だった。
どちらも時間が長いのがよくない。休み時間が長ければ長いほど遊ぶ友達がいない人間はその間、いかに自分が寂しい人間かを思い知らされるのだ。
今でもあの頃のことは鮮明に思い出すことができる。
休み時間を知らせるチャイムが鳴ると、男子たちは友達同士誘い合って運動場に駆けていき女子は女子でリーダー格の子の机へと集合する。
そんな中、友達のいない僕は誰からも相手にされず、一人で机に突っ伏すしかない。自慢じゃないが、寝たふりはこの数ヶ月間で相当上手くなっている自信があった。だけど寝たふりがいくら上手くなっても誰も褒めてはくれない。むしろその逆の方が多いくらいだ。
こういうとき、目敏く僕を標的にするのは主に女子たちだった。彼女たちは乱暴な男子と違い手出しはしない代わりにネチネチと陰口を叩いた。
ときに悪意のある言葉というのは物理的な攻撃よりもダメージがある。
彼女たちにとって、それは嫌がらせというよりも、することのない休み時間を楽しく過ごす遊びのようだったのかもしれない。
とにかく僕は休み時間に暇を持て余した彼女たちの格好の餌食になってしまったということだ。
リーダー格の女子の周りに集まった彼女たちはこちらを窺いながら、こう呟くのだ。
「友達がいないんだ〜、かわいそ〜」
「ちょっと声かけてきなよ〜」
「やだよ〜、〇〇ちゃんがすれば〜」
「え〜、私はちょっとぉ〜。だってクズの久住だよ〜?」
蔑みを含んだ笑い声を女子たちは響かせる。
クズの久住。僕はこれほど自分の名字を呪ったことはない。「クズミ」だから「クズ」。僕の名字を聞いた誰かがそう言いはじめ、クラス中に広がった。なんて単純な悪口だ。ただ音が同じというだけで僕はクズ扱いだ。じゃあ、僕の名字が「神木」や「神野」だったらお前らは僕を神と崇めてくれるのかと、小一時間問い詰めたい気分になる。
しかしそんなことできる度胸も無ければ力もない。
僕にできるのは、僕に聞こえるか聞こえないかの音量で陰口を言う女子の前で突っ伏すだけだ。
彼女たちの声が聞こえる度、僕は背中に嫌な汗をかき、胃が鷲掴みされるような不快な痛みを感じる。だけど僕は動かない。拳を握りしめあたかも本当に寝ているかのように微動だにしない。
ここで反応してはこちらの負けだ。彼女たちは僕が動揺する姿を見て楽しみたいのだ。ここで僕が「やめろ!」なり「あっちいけ!」なりのリアクションをとってしまうと彼女たちの思うツボなのだ。同様の理由でこの場から立ち去ることもできない。ただ唯一の対処法は反応しないこと。それだけだ。
だから僕はじっと涙を堪えて寝たふりに徹するのだ。
ただでさえ長く感じる休み時間。その中でもこの時間はさらに長く感じる。たった一分にも満たない時間が、まるで十分にも一時間にも感じた。
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