6. 元執事、高級ホテルに泊まる
「んー、気持ちいい朝だなぁ……ふわぁ……」
朝。俺はふっかふかのベッドの上で目が覚めた。カーテンの隙間から差し込む光が暖かい。
部屋はかなり広く、品良く綺麗な装飾がなされていて明らかに高級ホテルであることがうかがえる。
なぜ、俺がこんなところに泊まっているのか。
それは昨日の夕方にまでさかのぼる。
***
「き、消えた!?」
俺が酔っ払い六人を外に放り出した後、レストランの中は騒然となった。目の前で見ていた店員さん——ブラウンのボブヘアーに小さな顔の十七歳くらいの女性——に至っては驚きのあまり放心状態に。
「大丈夫だ。外に転移させただけだからな」
「「「「「転移!?」」」」」
そんなに驚くことか? 人が消えたら転移以外にないだろ。
それとも俺が六人の存在を消滅させるくらい悪い奴に見えるのだろうか。え、そんな風に見られてるわけじゃないよね???
俺は知らなかった。
一般常識として転移は一度に一人しか運べないことを。大量に魔力が必要で基本的に使える人が少ないということを。
執事業務が忙しすぎて覚えた魔法だったから、そんなこと気にしている暇はなかったのである。
だが、今はまだそれを教えてくれる人はいなかった。
「す、すごい魔法使いさんなんですね! 助けてくださって本当にありがとうございます!」
「あ、あぁ……」
「ぜひ、お礼をさせてください!」
「いや特には……あっ」
断ろうと思ってふとひらめく。
もしかしたら宿を紹介してもらえるんじゃないか?
「じゃあ、一つだけ」
「はい!」
この人は何を言われるか心配じゃないのだろうか……? 男なんて信じちゃいけません。狼なんだから。
まぁ、そんな要求しないけど、てかしている奴いたらぶん殴るくらいには嫌いだけど。
「今から入れる宿を知らないか?」
「へっ?」
そんなこと聞かれると思っていなかったのか、店員さんは目を丸くして変な声を出す。
「宿、まだ決まってないんだ。もし知ってるところがあれば紹介してくれると助かるんだが……」
「それならぜひここのホテル使ってください! 完全予約制なのでこの時間になるとホテルの看板は閉まっちゃうのですけど、今日は一部屋空いているので、ぜひ! もちろんお代はいただきません!」
え? ここホテルもあるの?
た、助かった……野宿は嫌だったからな。
「助かる。だがお代は払う。お礼をしてもらうために助けたわけじゃないからな」
「私がお礼をしたいのです。いいよねお父さん?」
店員さんが俺の後ろに目を向ける。俺が振り向くと、支配人だろうか、スーツを着て呆然と外を眺めていた男性が目に入る。彼は店員さんの声にハッとした表情をし、こちらを向いた。
「あ、ああ、もちろんだよミホ」
「ですって! ぜひ泊まっていってください!」
キラキラした目に思わず頷いてしまう。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
「やった〜!」
ミホが笑みを見せる。その様子に俺はおもわず笑ってしまった。
と、ミホの父親が話しかけてくる。
「すみません、驚いてしまってお礼が遅くなりました。ミホの父親でここの総支配人を務めております、リュウイと申します。ミホを助けてくださりありがとうございます」
言葉とともに丁寧に頭をさげるリュウイ。
「礼を言われるようなことじゃない。俺が不愉快に思っただけだからな」
「それでも助けていただいたことに変わりはないので。ここに滞在していただく間は精一杯おもてなしさせていただきます」
と。そんなこんなで俺はチェラートの最上級スイートに泊まっていた。
「ふぅ、ここは居心地がいいけど、ずっとこんな贅沢しているわけにはいかないからな……早くちょうどよく長居できるところを見つけなければ」
そんなことを考えながら着替え、昨日のレストランに向かう。
「フェール様、おはようございます。よくお休みになられましたか?」
ミホが真っ先に気づいて話しかけてくる。
「ああ。いいホテルだな」
「ありがとうございます!」
朝から元気いっぱいだなぁ。笑顔が眩しい……
「本日はどちらに?」
「迷宮の方に行ってみようと思ってる」
「冒険者だったんですか!?」
「ああ」
ミホが驚きの声を上げる。やっぱりスーツを着てると冒険者と思われないようだ。
しかし、すぐに納得したように頷く。
「フェール様、魔法すごいですもんね」
「必要に駆られて覚えただけなんだがな」
「それでもすごいと思います! ですが、迷宮は何が起こるかわからない場所ですので、お気をつけくださいね」
「あぁ、気をつけるよ」
いい子だなぁと思いながら出された朝食をとり(やっぱり美味しかった)、俺は迷宮に向かった。
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