5. 元執事、助ける

「ふぅ……困ったな……」


 俺は夕食を食べながら途方に暮れていた。


 薬屋を出て宿探しを始めたのだが、どこもかしこも混んでいて入れなかったのだ。どうしようもないからここ、レストラン「チェラート」に入ってこの後の予定を考え中である。


「てかシチュー美味いな。しばらくあったかい料理なんて食べてなかったから心に染みるぜ……うわなんか泣けてきた……」


 忙しすぎてご飯食べる時間なんてないのである。せいぜい取っておいてもらった賄いをあいた隙に食べるだけ……当たり前だけど冷たい。王宮の人間の心並みに冷たい。


 いい歳した大人がシチュー食べながら泣いている光景は異様だったのだろう。周囲に少し空間ができていた。


「って、本当にどうしようか。このままだと野宿に……」


「おう、邪魔するぜー」

「ビール4つよろしく」

「あとつまみも頼むわ!」


 男が六人ズカズカと入ってくる。ここは居酒屋じゃないんだが。

 少し不愉快に思うが、そういう奴もいるということで我慢する。ああいう輩はどこにでもいるし、あれ以上迷惑をかけなければ俺がどうこう言うことでもない。


 切り替えて美味しいシチューに集中する。


「あ、このパンも美味しいな。生地がほんのり甘くて、シチューに合う」


 添えてあるパンをちぎってひたすとさらに美味しかった。

 ホットワインを片手に黙々と食べ進める。

 アルコールを飛ばしているから酔わない。子供の飲み物だと思われやすいが、これが美味しいのである。


「あー食事って楽しいなー。これからはしっかり温かいご飯を……」

「店員さん綺麗だね〜、ねぇねぇ、俺らと遊ばない?」

「ちょっ、やめてください!」


 突如聞こえてくる不愉快な言葉。聞こえてきた方向に目を向けるとさっきの男たちの席で、店員の女性が男たちの中の一人に腕を掴まれていた。


「ねぇねぇいいじゃん。このCランク冒険者のクラーク様の女になればこんな店すぐやめて……」

「この店で働くことは私の生き甲斐なんです! お引き取りください!」


 店員さんが腕を強く振りほどく。男の手がテーブルに勢いよく当たった。


 バンッ。


「てめぇっ! ちっ、こっちが親切にしてやろうとしただけだっつーのによぉ!」

「兄貴に謝れや!」

「たかが店員の分際で冒険者に楯突いてるんじゃねぇ!」


 男たちが怒号を上げる。それを聞いて店員の女性が怯えて震えている様子が見て取れた。

 はぁ、やれやれ……冒険者ってどいつもこいつもああなのか?


 思わずため息が出てしまう。


「冒険者でもしていいこととしちゃいけないことが……!」

「てめぇっ……」


 手を伸ばす兄貴と呼ばれた男。ぎゅっと目をつぶる女性。

 だが……


「「「「「っ!?」」」」」


「そこまでです」


 俺は女性の前に転移すると男の腕を掴む。


「ああん、どっから現れたてめぇ!?」

「すぐそばでご飯を食べていただけですが? あなた方が騒ぐせいでご飯が不味くなったのでそろそろやめていただこうかと」


 にっこりと笑う。せっかく美味しいシチューを食べてほっこりしていたというのにてめぇらのせいで台無しなんだよ。


 かなりの怒りを込めて掴んだ腕をぎゅっと握る。

 そんなにイキってるんだからこれくらいじゃ折れないよね?


 だが、俺が力を入れていくのに比例して色がなくなっていく男の顔色。そんな男の様子に慌てる子分の男たち五人。


「ひ、ひぃぃぃい! す、すみません、もうしないんで許してくださいぃぃぃい!」

「謝る相手間違ってないですか?」

「す、すまねぇ! もうこの店には来ないから!」

「は、はい!」


 女性が不思議な顔で俺と男の顔を交互に見る。そうだよな、俺細いもんな、こんないかつい男の手を掴んだくらいで握り潰せるようには見えないよな。


 執事時代でも細い俺なら倒せると勘違いして、暗殺に失敗した暗殺者が逃げるために襲いかかってきたりしたしなぁ…… 

 別に細かろうが適切な筋肉さえあれば力は強くなるんだけどな。


 そんなことを考えながら女性に向かって笑みを浮かべる。


「この人たちどうしたいですか? 警備隊に引き渡してもいいですし、外に放り出すでもいいですが……」

「け、警備隊に引き渡すのだけはっ……!」

「黙ってください」

「は、はいぃぃぃぃいい!」


 あ、バキッて言った。骨一本くらい折れたかも。まぁそれくらいいいよね。


「も、もう来ないって言ってますし外に放り出してくだされば……」

「わかりましたー。ホイッと」

「「「「「えっ!?」」」」」


 女性の言葉に魔法式を展開すると、その場にいた全員が唖然とした様子を見せる。


「な、何を……?」

「え、あなた方六人にここから退場していただくだけですよ?」

「この大きな魔法式は……」


 そう、俺は巨大な魔法式を展開していた。魔法式が六人を囲むように踊っている。

 俺は男の問いに答えず笑みを深める。


「それではさようなら。〈転移〉」

「「「「「はっ!?」」」」」


 言葉とともに六人の姿は虚空に掻き消えた。




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