4. 元執事、薬屋にて
「へぇ、ここが薬屋か……」
薬屋を見つけ中に入ると、そこには色とりどりの液体が入った小瓶がたくさん並んでいた。
「傷薬、軟膏、痛み止め、変声薬……はっ?」
流し見していたからおかしなものにすぐに反応できなかった。
「変声薬って……えぇ……」
俺は基本的に薬は使わない。それは全て魔法で解決できるからだ。むしろものを使う場合、使うものが決まっていたらともかく、アイテムボックスから出すのに時間のロスが生まれる。
だが、魔法には弱点——自分の魔力が尽きれば使えないというのがある。だから、多くの魔法使いは薬を使う場面と魔法を使う場面分けるのだが……
「変声薬って暗殺者とか工作員が使うやつじゃん……」
どうなのだろうか、世間で悪とされる存在が使う薬がこんな街中の薬屋に普通に置かれていて……。
子供が悪ふざけで使うにはお高い値段みたいだし、ちゃんとした薬だろう。なぜこんなものが置かれているのか、興味がむくむくと沸き起こってくる。と。
「それ、気になるかの?」
「そうだな。だがこれが気になる以上に、あなたが今どうやって俺の背後を取ったのかの方が気になるな」
唐突に背後から話しかけられ、静かに持っていた薬を棚に戻す。
あっぶねぇ、落とすところだった……
内心ビクビクしながらも平静を装う。
「ほぉ、わしが背後に現れても驚かないんじゃな」
「まぁ、一瞬だけ魔力の揺らめきを感じたからな」
「っ!? 薬でも隠せない若干の魔力を感知するとは。これは大物が来たのぅ……」
まぁ、魔力を感知したせいで薬を落としかけたんだけどな……
面白がっている雰囲気を感じて振り返る。と、そこには真っ白なあごひげを垂らし大きな杖をついている老人がいた。
だが、何かがおかしい……なんだこの違和感……
と、俺の様子に老人は、後ろにあった椅子に腰掛けながら笑い声をあげる。
「おぬし、わしに惚れたか? そんなに見つめて」
「はっ!?」
素っ頓狂な声をあげてしまう。が、老人をじっと見つめてしまっていたことに気づいて気まずくなってそらす。
しかし、そんな俺とは対照的に老人は真面目な表情になると呟く。
「まさか、見た目を変えていることにすら気づくとはな」
「っ! なるほどな」
俺は老人のつぶやきで納得する。違和感を感じると思ったら、魔力の流れが身体にあっていないのだ。
魔力は血液のように体内を流れている。だが、この老人は感知できるだけでもその流れが明らかにおかしいのだ。それは見た目を魔法以外の方法で変えているからに他ならない。
「何者だ……?」
「わしが聞きたいのじゃが」
「俺はただの駆け出しの冒険者だ」
「……嘘は言ってはいけないと教わらなかったかね?」
なんか残念なものを見るような目で見られたんだが!? 事実を言っただけなのに……!!
なぜか敗北感を感じて思わずギルドカードを見せる。
「ほら、これで証明になるだろ」
「……最近登録したというのは本当みたいじゃな。だが、何か特殊な事情があるじゃろう?」
「……まぁな」
いつ陛下の追っ手がくるかわからない。名前だけならともかくここでもともと王宮の人間であったと明かす必要はないだろう。
俺はギルドカードをしまうと老人に尋ねる。
「で? あなたは何者なんだ?」
「訳ありの薬屋、とだけ言っておこうかのぅ」
なるほどな。姿を変えなければならないような事情があるということか。
老人の言葉の裏まで読み取る。これくらい執事をやっていれば身につく。
例えば……
「フェール、お客様をお部屋に」
「かしこまりました」
これは翌日その客と一緒に食事をとるということだから、食事を準備しておく。
「フェール、お帰りいただいて。あと、処理も頼んだわ」
「かしこまりました」
これは殺しておくようにという指示。王国に不利益をもたらすと判断された人間ということだ。
このように、執事は言外に指示が与えられる場合が多い。だから言葉の裏を読み取るのは得意なのだ。
ちなみに俺の主人、ユリウェラ・ファル・メルテウス第一王女殿下は天使のような見た目と裏腹に抜群の政治センスを持っていて、王国に不利益をもたらすと判断した相手には容赦なく処理を指示していた。
……オウゾクッテコワイ。
俺が裏の意味まで読み取ったことに気づき、老人は静かに笑みを浮かべる。そして咳払いをすると話を変える。
「わしがさっき突然現れたのは気配を消す薬を飲んでいたからじゃな。それでもおぬしには薬では隠せない若干の魔力の揺らめきからバレてしまったようじゃが」
「気配を消す薬なんてあるのか……」
「薬でできないことなんてほとんどないのじゃ。ただ、希少な材料が必要だったり、さっきの薬みたいに一瞬しか効果がなかったりはするが」
老人の言葉に納得する。だから、老人を認識した後は、魔力の流れも感知できたのか。
「あとは獄炎魔法など、膨大な魔力を前提に使う、強力な効果を発揮する魔法は再現できない」
「それはそうだろう。そんなことまでできたら薬使って国落とすことができてしまう」
「フォッフォッ、そうじゃな」
獄炎魔法とは読んで字のごとく地獄の炎が広範囲を焼き尽くす魔法だ。使える人は現在二人しかいない。俺も使えない。そんなのが薬で再現できたらやばすぎる。
「基本薬は使わないから知らなかった……」
「魔法の方が便利だから、使わなくて済むなら使わないじゃろうな。だが、得意な魔法は人それぞれ。使えない魔法を補うために薬を使う人間は多くいる」
「なるほどな。勉強になった」
「なに、このくらいならお安い御用じゃよ」
老人が穏やかに笑う。俺はもう一度棚に視線を戻すと魔力回復薬と変声薬、気配消去薬を手にとる。
「これをくれ」
「フォッフォッ、金貨二枚じゃ」
平民の二ヶ月の生活費か……高いが、効果を考えれば妥当だろう。まぁ貯金はある。使う機会があることを願うばかりだ。
俺は支払うと薬屋を出た。
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