5(暴動とニボシ)
結局のところ、二人はわたしの言葉を信じることにしたみたいだった。現実問題として、ほかにはどうしようもないのだ。下手に銃なんて撃とうものなら、それこそ警備ロボットが反応してマキナに知られてしまう。
二人のうち、ソワは閲覧室に留まり、ベテルはどこかに行ってしまった。ソワのほうはわたしの見張り、ベテルは周囲の警戒と図書館の構造を確認しに向かったのだろう――たぶん。
奇妙な話かもしれないけれど、わたしのしていることがマキナへの反逆なのか、違反行為なのかについては、自分ではよくわからなかった。そんなふうには、わたしは作られていないのだ。わたしは司書であって、統制管理局や司法関係の業務に携わっているわけじゃない。
それに、この二人が百年来の、初の来館者であるという望みを、わたしはまだ捨てていなかった。
ソワは近くにあったイスに座って、じっとわたしのほうをうかがっていた。
カウンターの向こうで、わたしはいつも通りの仕事をしている。といってもそれは、館内に問題がないかどうかを、パソコンでチェックするくらいのものだった。この図書館には新着図書も、修繕すべき本も、整理しなおすべき本棚も存在しない(どれも大昔にはあった仕事だ)。
パソコンを見るかぎり、館内には何の問題も存在しなかった。でもできるなら、暇そうにしているところは見られたくなかった。それがいつも通りのことだとしても。やっぱりプライドとか、沽券に関わる問題として。
――とはいえ、館内は今日も平和だった。
ソワはまだ、じっとこっちを見ている。それが恋する男の子の熱い視線ならまだよかったのだけど、当然そんな感じじゃない。わたしに不審なところがないかどうか、疑っているのだ。
わたしは何とか仕事をするふりをしていたけど、それも限界だった。そんなふりをしていること自体に、耐えられなくなってしまう。
結局、わたしはカウンターに置いてあるテレビのスイッチを入れた。いつも通りに。本来なら新しいお知らせなんかを表示するためのものだったけど、テレビのチャンネルも映るようになっていた。それにここ百年、新しいお知らせなんて一つもない。
透明なシート状のディスプレイには、臨時のニュース番組が流れていた。市内の各所で暴動が発生し、管理局が対応にあたっているという。現地からの報告、監視カメラの映像、その他の情報はすべて、マキナに集められているはずだった。そのマキナの指示によって、暴動は小規模のまま鎮圧されている。被害もほとんど出ていない。
「何故、テレビなんかを見る?」
わたしが顔を向けると、ソワはすぐそばに立ってテレビをのぞきこんでいた。幽霊でもわたしの空耳でもなければ、もちろん彼が声を出したのだろう。
「ヒトに似すぎたためです」
と、わたしは答えた。
「わたしの中枢回路である擬似ニューラルネットワークは、通信や放送電波を直接処理することはできません。そういったものは、人間と同じで視覚や聴覚を介する必要があるんです」
「変わったやつだな、あんたは」
ソワは呆れたようだった。
けどわたしは、少し笑う。「わたしも時々、そう思います。こんなのは不合理だ、って。けど前にも言ったように、わたしを作った人は少し変わってたんです」
わたしがそう言うと、ソワは軽く首を振った。解けないパズルを前にしたみたいな、そんな感じだった。
テレビの報道は、そのあいだも続いていた。市内では、今でも散発的に暴動が起きているという。多くは監視カメラや、情報収集用の機械に対する破壊活動だった。怪我人が出たという情報はない。たぶん、事前にそう計画されていたのだろう。
とはいえ、マキナの情報管理はネットワーク上のすべての機械に及ぶ。個人の情報端末でもそれは同じだから、いくら監視カメラその他を壊しても、ほとんど意味はなかった。誰かがカメラを向ければ、それはマキナまで筒抜けになってしまう。
ソワは画面を見ながら、特に何の発言もしなかった。表情も変わらない。ただその目だけが、これ以上ないくらいの真剣さを見せている。
しばらくは暴動の様子が生中継されたりしていたけど、いったん小休止に入ったようだった。テレビには、アナウンサーと専門家がスタジオに並び、今回の事件について議論を交わしている。昔ながらの光景ではあった。
そうするうち、ベテルが閲覧室に戻ってきた。
「問題はなかったか?」
と、ソワが訊いた。
「けっこう広いってこと以外には、特に何もないな」
ベテルが言う。
「紙の本が、呆れるくらい大量に置かれてる。キャンプファイアーには便利そうだ。あとは、猫がいたくらいだな」
「猫?」
ベテルが出入り口のほうに顎を振ると、そこから一匹の猫が忍びいってきた。
白と黒の二色で、琥珀色の瞳をしている。しっぽを王様の錫杖みたいに堂々と示して、ゆったりと左右に揺らしていた。
わたしはもちろん、その猫のことを知っていた。
「ニボシです」
そう言うと、ソワが横で怪訝な顔をする。「ニボシ?」
「その猫の名前です」
「何だ、それがこいつの好物なのか?」
ベテルはしゃがんで、ニボシをなでながら言った。ニボシは他愛もなく、甘えた声でそれに応じている。
「違います」
わたしは首を振った。
「その子が図書館に来るようになって、いろいろ食べものを用意してあげたんですけど、ニボシにだけは見むきもしなかったんです。手に入れるのに、一番苦労したのに」
「はは、ずいぶん迷惑な名前をつけられたもんだな」
ベテルは言って、猫を抱きあげる。ニボシはひどく嬉しそうだった。
二人は閲覧室の机の一つに陣取って、何やら相談をはじめた。現状や、善後策について話しあっているのだろう。当然ながら声の音量は小さくて、わたしの耳で聞きとることはできなかった。どういうわけか、わたしには人間なみの能力しか備わっていないのだ。十万馬力どころの話ではなく。
ニボシのほうを見ると、ベテルの膝の上で気持ちよさそうに丸くなっていた。早くもわたしのことは裏切ったらしい。餌だけはちゃんと頂いて、愛想の一つも見せないくせに。
わたしは何だか急に、自分が損な役回りを演じているような気がしてきた。今のところ、二人は来館者といえるような行動はしていないし、する気配もない。これじゃあ、何のために二人を匿っているのかわからなかった。もしかしたら、さっさと追いだしてしまったほうがよかったのかもしれない――
そんな時だった。「ぐぅ」という、何とも間の抜けたお腹の鳴る音が聞こえてきたのは。
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