4(自律型図書検索支援ヒューマノイド)

「ロボット、だと……?」

 再びわたしに銃口を向けて、一人が言った。

「そうです」

 わたしは落ち着いて言った。

「正確には、自律型図書検索支援ヒューマノイドといいます」

「まじかよ」

 今にも口笛でも吹きそうな調子で、もう一人が言う。

 もっとも、人型のロボット自体は珍しいものじゃない。自動販売機ほどありふれているわけでもないにしろ、社会の様々な分野で利用されていた。産業、輸送、農業、研究、各種サービス。ただ、それらの多くははっきり機械とわかる形にデザインされているのが普通だ。

 わたしみたいに、外見そのものが完全に人間に似せられているものは珍しい。

 骨格はもちろんだけど、体表面も生体ゴムによって作られた人造皮膚に覆われている。髪の毛だって、ちゃんとある。少し丸みを帯びた、ショートカット。二十代の女性をモデルに成型されていて、親しみやすさを優先したデザインをしていた。眼鏡までかけている。もちろんただので、これはわたしを作った人の趣味だった。

「あんたが本当にロボットだと、証明できるのか?」

 銃口をきちんとわたしの頭部にあわせつつ、最初の彼は言った。

「定期メンテナンスの場面でも見てもらえば早いですけど、つい先日に完了しています」

 銃のことは特に気にせず、わたしは言った。

「証明といわれると、少し困りますね。服を脱いで裸になっても、生身の女性と区別はつきませんし。自分の腕をナイフで切るのはちょっと……。力も強度も、一般人とそれほど違うわけじゃありません」

 二人は戸惑うように顔を見あわせる。

「けど、証明できないこともないです。わたしには音声出力装置はありますが、発声機構はありません」

「……つまり、スピーカーから音声を流して、口は動かしてるだけってことか」

 もう一人が言った。わたしはうなずいて、続ける。

「わたしの口元に手を近づけてください。それで、わかるはずです」

 銃を向けていた一人が、ためらい気味にもう一人を見た。もう一人は肩をすくめて、冗談ぽく言うだけである。

「どっかの狼みたいに噛まれないよう気をつけろよ、ソワ」

 ソワと呼ばれた彼は、諦めた様子で銃を下ろした。そうして左手を掲げて、わたしの口元まで近づける。

「――どうですか? 空気の流れを感じないでしょう」

 わたしは彼がそれを納得できるように言った。

「腹話術をやってるわけじゃないですよ。わたしには呼吸の必要も、その機関もありません。だから発声しているように見えても、実際に息を吐いているわけではないんです」

 彼は手をどけると、力なく首を振った。

「どうやら本当らしいぞ、ベテル」

 それから二人は、あらためてわたしの正面に立った。動物園で何か珍しい生き物にでも会ったみたいに、わたしのことを見つめてくる。少々、礼儀を欠いた視線ではあった。これでもわたしは、うら若き乙女なのだ。

「ロボット、ロボットねえ……」

 ベテルという人が、何か考え込むように言う。どちらかというとそれは、考えているというより、何も考えていないようではあったけど。

「もう一度言いますが、正確には自律型図書検索支援ヒューマノイドです」

 わたしが訂正すると、

「名称なんてどうでもいい」

 と、ソワは厳しい声で言った。相変わらず、この人には冗談めいたところが一滴も混じっていない。

「それより、あんたがロボットだというなら問題がある」

「どうしてですか?」

「俺たちは〝反世界戦線〟のメンバーだからだ」

 わたしは銃を持った二人の若者を見つめる。そのことは、何となくわかっていた。

 反世界戦線というのは一種の革命勢力のことだった。彼らは人類に自由をもたらすために戦っているのだ。〝マキナ・システム〟に挑戦することによって。

 マキナ・システム――たんに、マキナとも呼ばれる。

 それはに対処するために、人類が作ったシステムだった。人類の絶対数の低下は、必然的に社会レベルの維持を困難なものにした。人的資源の枯渇、知的・肉体的・技術的労働力の減少。

 そのうえで文明を存続させていくためには、資源の徹底的な有効活用を行うしかない。

 ――マキナは、それを可能にするための計算機だった。

 地球のすべてを原子レベルで再現できる処理能力を使って、膨大な量のデータがコントロールされた。その中から導き出された解にしたがって、マキナは人類に指示を送る。労働力の配分、リソースを集中させるべき問題の決定、都市管理、工場のシステム、生産・消費のスタイル、日常生活におけるちょっとした物事、およそすべての事柄に対して――

 マキナはいわば、人間の運命を管理するためのシステムだった。

 ――人類を、守るための。

 けれど、それに反対する人々がいるのも事実だった。すべてをマキナの言いなりなることを、よしとしない人々のことだ。彼らはお節介なこの機械神が、人類にはふさわしくないものだと主張する。

 反世界戦線というのは、その中でも最大の組織の一つだった。組織の中には若者も多く含まれていて、ソワとベテルもその仲間みたいである。

 ソワは、これまでのやりとりでもはっきりしているように、ごくまじめで、真剣な顔つきをしている。ちょっと、深刻と言っていいくらいの。それから、腕のいい大工が切りだしたみたいな、まっすぐな目をしていた。

 一方でベテルのほうは、何となく遊びが大きいというか、とらえどころのない雰囲気をしている。ちょっと目を離した隙に、どこかに行ってしまいそうな感じだ。乱暴な狼を捕まえておける丈夫な縄で縛っても、それは変わりそうにない。

 ずいぶん様子の違う二人だったけれど、まだ若いということだけは共通している。

 ある意味では、幼いといっていいくらいに。

「……つまり、俺たちにとってあんたは敵だ」

 と、ソワは言った。再び、わたしに銃口を向けて。

「何故ですか?」

 わたしは訊き返す。

「あんたがロボットだというなら、それはマキナの側の存在だということだろう」

 わたしは彼の言葉をしばし、吟味してみた。マキナもわたしも、生命体でないという点なら共通している。計算機によって行動が処理されている、ということも。

 けれど、彼は間違っている。わたしとマキナは、同じ存在というわけじゃない。

「わたしはあなたたちを管理局に通報するつもりはありません」

 そう言うと、二人は鳩が豆鉄砲をくらう一秒前みたいな、とても微妙な表情をした。

「通報しない、だって?」

 ベテルが理解しにくいジョークを聞いたみたいな、変な笑いを浮かべながら言った。

「そうです」

 けれどわたしは、ごくまじめである。

「マキナに逆らうっていうのか、ロボットなのに?」

 ソワが疑り深そうに言った。

「ロボットだからって、マキナに従わなければいけないわけじゃありません」

 わたしとしてはその前に、うら若き乙女だということを忘れて欲しくなかったけれど。

「――――」

 二人はわたしの言葉を信じたものかどうか、まだ悩んでいるみたいだった。とはいえそれは、あっちの草がおいしいか、こっちの草がおいしいかで迷っているロバみたいなものだった。実際には最初から、選択肢というほどのものは存在していない。

「心配しなくても大丈夫です。わたしは変わった人に作られたせいで、少し変わってるんです」

 そう言ってから、わたしはつけ加えた。

「あなたたちだって、最初にここに来たとき、わたしを撃ちませんでした。だからこれは、ってやつです」

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