第6話 囁かな反抗

はー……なんか憂鬱だ……


暗い気持ちのまま、手配してもらった車に大谷戸ちゃんの腕を引いて乗り込む。

本当は腕じゃなくて手を引きたかったけど、大谷戸ちゃんが怖がって手を繋ぐの嫌がったから、半ば強引に腕を引っ張って車に向かったのは察してほしい。


「お久しぶりです、八重さん。」


ハリウッドスターが乗ってそうなリムジンに乗り込むと、奥の方の席に、尼芷さんの使い魔、ももこさんがいた。


「……ももこさん?」


「うちの人から話は聞いてます。大谷戸さん、私の方に来て?女同士、お喋りでもしましょうよ。」


「え……あ……あの……」


大谷戸ちゃんがももこさんに萎縮してしまうのも、無理もないかもしれない。

だって、大谷戸ちゃんが人間だった頃、虐待されていた子供で、その時のことを思い出していたら、神経がぴりぴりして周囲の人を疑ってしまうのも当然のことだから。


大谷戸ちゃんの心情を察したのか、それともなかなかお喋りが出来なくて少し寂しいのか、ももこさんは眉毛を八の字に下げて、大きな目を少し細めて、残念そうに笑う。


「大谷戸さん……八重さんは貴女じゃなくて……自分から貴女を奪おうとした奴らに怒ったのよ……それは分かってあげて……?」


「は……はい……」


萎縮しながらも返事をした大谷戸ちゃんを見て、ももこさんは嬉しそうに顔を綻ばせた。


うん、尼芷さんがももこさんにベタ惚れな訳も分かる気がする。少しだけど。


「分かってくれてありがとう。ねぇ、大谷戸さん、私は貴女に隣りに来てほしいんだけど、来てくれないの?」


「い……行きます……」


大谷戸ちゃんが、ももこさんのいる奥の方に行って、丁度ももこさんの隣りに座った時、リムジンが発進した。


数十分後には、ももこさんは大谷戸ちゃんと女子トークをするほど打ち解けていて、俺は完全に蚊帳の外だった。

最初の頃は俺も一緒に話してたのに、解せぬ。


「私、シフォンケーキが好きなんです。だから、美味しいお店を知ってたら、教えてください。」


「それだったら、ヘンゼルクーヘンがいいかも。」


「ヘンゼルクーヘン?」


「少しお高いんだけど、生地がしっとりふわふわで、美味しいの。まぁ、八重さんがいくらお小遣いをくれるかによるかもだけど。ね、八重さん?」



あ、ヤバい、暇つぶしに外のイルミネーション見てて、ほとんど何も聞いてなかった。


「え……おこげ……?」


「あらあら、何も聞いてなかったのね。"なのは"ちゃん、シフォンケーキが好きみたいなの。それで、美味しいお店のものを買うには、八重さんがいくらお小遣いをくれるかによるわねって話してたのよ。」


待て待て……ももこさんはさっきなんて言った?


「すみません……あの……シフォンケーキのくだりの前……もう1回言ってもらっていいですか……?」


「?何も聞いてなかったのね?」


「その後です。」


「なのはちゃん?」


な・の・は??



「あの……なのはって……大谷戸ちゃんの本名ですか……?」


「え……まさか……なのはちゃん……主人の八重さんに教えるよりも先に……私に本名教えたの……?」


ももこさんが、大谷戸ちゃん改め、なのはちゃんを凝視する。

驚かれるのも無理はない。だって、使い魔は自分の主人になる存在に、誰よりも先に自分の人間だった頃の本名を教える。

それは一種の儀式のようなもので、自分の前世もご主人様に捧げますという意味がある契約だから。


「……へえ……なのはっていうんだー……へえーーーー……」


「あの……八重さん……怒らないであげて……」


「どうしよっかなー。あ、運転手さーん、ここで降ろしてくださーい。」


「は、はい!」



俺の言い方が怖かったのか、運転手は少しどもりながら返事をして車をメインストリートの近くに停車させた。


「さ、行こうか、なのはちゃん。早めに降りないと、他の車の迷惑になっちゃうから。」


車の交通量は少なかったものの、迷惑という言葉を少しだけ強調して言うと、なのはちゃんは大人しく車から降りた。

なのはちゃんをエスコートしようとして、俺がうやうやしく差し出した左手は掴まなかったけど。


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