第4話 単純な陰謀
「手続きはこれで以上です。金額は、口座からお引き落としさせていただきます。」
「あの、大谷戸ちゃんはどこにいるんですか?出来れば、このあと食事に行きたいのですが。」
VIPルームのような、無駄に豪華な装飾品と趣味の悪い熱帯魚が泳いでいる水槽のある部屋に通されて、ふかふかのソファに座って書類を書いて、無事、大谷戸ちゃんを買うための手続きを終えた俺は、早く大谷戸ちゃんに会いたくて仕方がなかった。
あの子は、何が好きで何が嫌いなんだろう。
趣味は何かな。
洋服はどんなのが好きなのかな。
どんな男がタイプなのかな。
「もうしばらくお待ちください。」
先程から何を聞いても同じことしか言わない、機械的な雰囲気の事務員の男がもう何度目か分からない「お待ちください」を口にする。
「さっきからそればかりですね?そんなに大谷戸ちゃんは俺に会いたくないんですか?それとも、」
お前が大谷戸ちゃんと俺を会わせたくないの?
少し意地悪な質問かもしれないけど、こういう取り繕ってる相手には、1度ガツンと言わないといけないのは経験済みだ。
事務員は一瞬、目を見開いたものの、すぐにまた今まで通りの態度になる。
あ、こいつ裏で糸引いてるな。
「もう1回聞くね?」
にこりと笑って、再度同じ質問をすることを告げて、俺は対面のソファに座っている事務員の顔の辺りを狙うようにして、護身用に持っていた拳銃を構える。
「大谷戸ちゃんは俺に会いたくないの?それとも、お前が大谷戸ちゃんと俺を会わせたくないの?」
「お……お客様……銃は……しまって頂けますか……?」
「うーん、どうするかはお前の返事によるかなー。」
「あの……商品のお引渡しは……もう少々……お待ちください……」
「……うっぜぇな」
パン!!
乾いた発砲音が部屋に響く。
撃つ瞬間に、拳銃を少し下に下げて肩の辺りを狙ったのが、見事にヒットして、事務員が肩から血を流す。
「あ゛ぁあああああ……!!」
「どうした!!」
発砲音と事務員の汚い悲鳴を聞きつけたのか、筋肉質ないかつい男が、ドアを勢いよく開けて入ってきた。
「見て分かんないの?俺がこいつのこと撃ったんだよ。今度から、新人教育はちゃんとしようね。」
「あ゛ぁ!?てめぇがやったのか!?」
「そうだって言ってんじゃん。身体鍛える暇があったなら、脳みそも鍛えればよかったね。」
軽く挑発して、事務員に向けていた銃を筋肉質な男の方に構えた。
その時だった。
「嘘……ここにもいないの……?」
開きっぱなしになったドアの外側から、大谷戸ちゃんが顔を覗かせていた。
大谷戸ちゃんは誰かを探していたらしく、探していた相手がこの場にいないことを知った途端に、眉毛を八の字に下げて目を少し細めて口をキュッと結んだ。
泣くのを必死に堪えている幼子を連想させるその表情を見て、とっくの昔になくしたと思っていた庇護欲が湧いた。
「このクソガキ!逃げやがったな!!計画がぱーだろ!」
「それ、どういうこと?」
引き金にかけていた右手の人差し指に、少し力を込める。
まぁ、どうせ俺から受け取った金と大谷戸ちゃんを持ち逃げしようとしたんだろうな。
「てめぇには関係ねぇよ!黙っ」
パン!!
筋肉質な男が言葉を言い終える前に、拳銃で男の腹を撃ち抜いた。
「あ……があ……っ!」
「関係なくないよ。大谷戸ちゃんは俺の使い魔で、その大谷戸ちゃんがお前らの訳の分からない計画に巻き込まれた。主人として、黙って見過ごすわけにはいかないね。」
「な……なんのこと……だ……?」
筋肉質な男はシラを切ることにしたらしく、清々しい程バレバレな嘘に呆れ返りながら、俺は拳銃を持っている右手をふらふらと動かす。
「へー、この状況でシラ切るんだ?じゃあ、次は心臓かな?それとも脳天がいい?」
「わ……分かった……話すから……!」
「じゃあ、ちゃっちゃと話して。あぁ、それと、事務員さんは大人しく床に這いつくばっててね。じゃないと、知り合いの拷問屋に売り飛ばすよ。」
視界の隅に、痛みに呻いて床に横たわっていた事務員の姿がなかったので、軽く視線をさまよわせて、事務員の姿を探してみると、出入り口のドアの方によろよろしながら歩いていたから、拳銃は筋肉質な男に向けたまま、軽く忠告する。
「それで、計画って何のこと?」
「あ……あいつが……商品と金を……持ち逃げしようって……」
事務員が床に這いつくばったのを横目で確認して、俺は改めて筋肉質な男に質問した。
あいつというのは、顔を真っ青にしてる事務員のことだろう。
「それさ、お前と事務員さんだけじゃ到底無理な計画だろうし、
あいつじゃなくて、あいつらの間違えなんじゃないの?
「い……いや……それは……その……」
「こそあど言葉で誤魔化すんじゃねぇよ。はっきり言えや。じゃないと、もう1発鉛玉ぶち込むぞ。」
かちゃり。
引き金に軽く添えている人さし指に力を込めた瞬間だった。
「待って!」
左腕の辺りに、何かがぶつかってきた時のような、少し重い衝撃があった。
何事かと思い勢いよく左腕の方を見ると、大谷戸ちゃんが小動物みたいに小さくふるふると震えながら、俺の左腕にしがみついていた。
え、大谷戸ちゃんが俺にしがみついてる??
ゑ???
「お……大谷戸ちゃん……?どしたの?何か怖いことあった??」
「……怖いことなら……さっきから目の前で起きてるから……えっと……怖いからこうしてるんじゃなくて……こうでもしないと……あんた……やめてくれない気がしたから……」
俺から目を逸らして、少し遠慮気味に小さな声で、大谷戸ちゃんはごにょごにょ話す。
「……この蛆カス野郎が殺されたら嫌なの?」
あー、俺、今頃は目のハイライトがお亡くなりになってるんだろうなー。
けど、俺は悪くないと思うんだよね。
「ううん……そいつが死ぬのは……別にいい……けど……そいつを殺して……あんたが……悪者になるところ……見たくないの……」
そこにいたのは、ステージの上で人身売買オークションの司会者に捨て台詞を吐いた勇気ある使い魔の名家の美しい少女ではなく、純粋に主人のことを心配している人思いな女の子だった。
ごめんね、大谷戸ちゃん。
俺、何十人もの行方不明者という名の死者をだしてる殺人鬼なんだよ。
「……あのね……大谷戸ちゃん……俺……」
たくさん殺してるんだよ。
何人、何十人って、人を殺してるんだよ。そうでもしないと、心の隙間がずっと埋まらないんだよ。
「……?」
言葉を紡ごうと口を開いてはつぐんでを繰り返す。
「実は…………ッ!?」
やっと決心がついて、全部言い切ってしまおうとしたとき、右手に持っていた拳銃を誰かに叩き落とされ無防備になってしまった。
俺は完全に、あの筋肉質な男の存在を忘れていた。
「散々……コケに……しやがって……」
俺から叩き落とした護身用の拳銃を拾って、痛みと怒りで目を充血させながら、少しかすれた声で筋肉質な男は言う。
「ぜってェ……許さねぇ……」
「許さないのは俺の方だよ。逆ギレもいいところだね。」
大谷戸ちゃんに危害が加えられないように自分の方に抱き寄せて、俺はこの状況をどう切り抜けようか考える。
銃を奪い返せるかどうか分からないけど、何より、俺の傍には大谷戸ちゃんがいる。
大谷戸ちゃんを連れて銃を奪い返しに行っても、大谷戸ちゃんが俺の動きについて来れなかったら、人質にされるかもしれない。
どうすれば?
「大谷戸ちゃん、大丈夫だからね。何とかするから、ちょっとまってて。」
「う……うん……」
「はっ……言ってろ……バーカ……」
筋肉質な男の持っている俺の拳銃ではなく、筋肉質な男自体に意識を集中させる。
必ずどこかで隙ができる。隙が出来なくて何発か撃たれても、大谷戸ちゃんに弾が当たらなければそれでいい。
「くたばれ……!!」
筋肉質な男が引き金に指をかけていた指を引こうとしたから、俺は咄嗟に大谷戸ちゃんを覆い被すように抱きしめて、弾から守ろうとした。
次の瞬間、発砲音が部屋に鳴り響いた。
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