第3話 悪役の得意技

つまらん、こんなことなら家で寝てれば良かった。


腕時計を見ると、時刻は深夜2時30分。

オークション開始から3時間くらい経ってるけど、俺はこの3時間、心の底から欲しいと思った奴に巡り会えていない。

臓器売買用の人間を安く仕入れたかったらしい尼芷さんは、既に何人かパッとしない奴らを競り落としていて、ほくほく顔だ。

対する俺は、夢の世界に行きかけている。


こんな所で眠ったら、オークションのガードマンに叩き起される処じゃ済まないかもしれないけど、幸い、このオークション会場は、2階席のあるコンサートホールのような構造で、俺と尼芷さんはガードマンの少ない2階席の後ろから3番目だ。

じゃ、おやすみなさい。


「さて、最後の大目玉です!!」


もうこのまま眠ってしまおうかとした時、司会者の大きな声で意識がクリアになった。


「……ふぁ?」


「今からお目にかけますは、死して真価を発揮する使い魔の名門、大谷戸おおやど家に産まれ、非業の死を遂げた使い魔の少女!」


司会者の声を合図にして、1人の中学生くらいの少女が奈落からステージへと現れる。


その場にいたバイヤーのほとんどが息を呑むほど、綺麗な子だった。


死期が近い病人を連想させる少し浮世離れした青白い肌は、甘そうな濃いチョコレート色の髪に、長い睫毛で縁取られたエメラルドグリーンの大きな瞳を際立たせて、少女の人外じみた美しさを誇張させている。


背は低いけど、所詮モデル体型というヤツで、すらりとした綺麗な手足に、程よく引き締まった腹部と少し大きな胸を見る限り、少女ではなく女性として死んでいれば、より一層美しかったのかもしれない。


「5千万からスタートです!!」


うん、買おうかなって思ったけど、高いからやめた。

それに買えたところで、面白い子じゃなきゃつまらないから、諦めた方がいいかも。


「ふん!そんなガキに5千万なんて払えるかよ!」


「確かにな!あんなガキじゃ興奮しねぇよ!」


「そもそも、抱こうとも思えねぇな!」


最前列に座っていた、遠目で見ても分かるくらいにはでっぷり太った男と筋張った男が下卑た笑い声を出しながら、目玉商品の少女を指さしている。


うん、お前らにその子のこと笑えるほど価値はないと思うよ。


「……相変わらず無粋な連中だな」


「尼芷さん、あの人達のこと知ってるんですか?」


「あぁ……奴らは新興ヤクザでね……最近やたらと羽振りがよくなったから……きっと浮かれ半分でこのオークションに来たんだろうね」


「そうなんですか……けど……いくら羽振りがよくても新興ヤクザがポンと5千万だせる訳ないですよね……」


「そうだね……ああいう連中はオークションにふさわしくない……」


尼芷さんは額に青筋を浮かべて、最前列の2人組を睨みつけている。


尼芷さんに目をつけられるなんて、とんだ災難だね。

ご冥福をお祈りします。せいぜい地獄で頑張ってね。


遠い目をして、心の中で最前列の2人に合掌していると、筋張った男の様子が何やらおかしい。


急に顔を抑えたと思ったら、目の辺りを袖で拭き始めた。

ヤクの副作用で、幻覚でも見えてるのか疑うくらいには、挙動不審な行動だ。

尼芷さんも筋張った男の行動に違和感を感じていたようで、眉間に少ししわを寄せて、いぶかしげに様子を見つめている。



「うちの商品が申し訳ありません!おい!!何してんだお前!!」


司会者の男が、目玉商品の少女に怒鳴った。

俺や尼芷さん、後ろの席のバイヤー達は状況を把握しきれず、騒然とする。


「何があったんでしょうね。」


「さぁ……私もよく見えていなかったから何とも言えないな……」


「この席からじゃ見えにくいですよね……」


「全くだ。」


後ろの方の席のバイヤー達の混乱具合なんてお構い無しに、司会者は目玉商品の少女を怒鳴り続ける。「商品の分際で」とか、「どうなってもいいのか」とか、まだ未熟であろう少女には酷な言葉ばかりだ。


ふと思った。

あの子、どんな顔してんだろう。




「尼芷さん、双眼鏡を貸してもらってもいいですか?」


尼芷さんが、商品になっている人間を物色していた際に双眼鏡を使っていたことを思い出して、少女の表情が見たかった俺は、半分冗談半分本気で尼芷さんに聞いてみることにした。


「構わないよ。ここを回すと倍率が変えられるから、やってみるといい。」


「ありがとうございます。」


双眼鏡を持って、倍率を1番大きくして目玉商品の少女の顔を見る。




少女は、無表情だった。

いや、無表情というよりは"完全な無"と言った方が正しいくらいには、無だった。

目は虚ろで、一応は司会者を見ているけど、どこか遠くの虚空を見つめているようにしか見えないくらい茫然としていて、口は軽く結ばれている程度だ。




大の大人の男相手に、大勢の前で怒鳴られ続けて、こんなに感情を出さない女の子はなかなか居ない。


「自分の所有者になるかもしれない人の顔に唾を吐くなんて、本当に何してるんだ!!」


「……所有者になるかもしれない男?あの抱くとか何とか言ってた人が?」


「あぁそうだよ!!本当に何してんだ、お前は!!」


「お生憎様、抱き枕役がいないと眠れない男なんて、もういっぺん死んでも御免よ。」


決めた、あの子にする。


「尼芷さん、俺、あの子が欲しいです。」


「よし、分かった。いくらで競り落とすつもりだい?」


「俺の全財産の5分の1くらい使って競り落とします。尼芷さんには、大谷戸ちゃんに引き合せてくれた恩がありますから、お金は自分で払いますよ。」


「いいのかい?」


「はい。今日は、連れてきてくれて本当にありがとうございます。」



さて、やってやるか。



「誰も、お前なんて買わねぇよ!!お前にはこれから、使い魔として生まれ変わったことを後悔させるくらいの仕事をさせるからな!!」




司会者が大谷戸ちゃんに生きながらの死刑宣告をした瞬間に、俺は番号札をあげた。

会場の全ての視線が俺に集まる。

大谷戸ちゃんなんて、大きな目をさらに大きくして真ん丸にしていた。


大谷戸ちゃん、悪役はどんな雰囲気でも台無しにするのが得意なんだよ。



「1億」



他に誰も入札しなかったのか、十数秒後には、ガベルの音が鳴り響いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る