第2話
喜助とお元
島田は予定を変更し、朝食を済ませると、すぐにチェックアウトして、新幹線で京都へ向かった。
亀屋町蛸薬師通油小路西入ルの地名を頼りに歩いてみたが、予め調べてきたわけではないので、残念ながら、臥竜窟の跡らしきものは探し出せなかった。
今回は、真理恵との偶然の再会をきっかけに思いついた探索だったので、また次回、といってもいつになるかわからないが、探し当てることにしようと諦めて、京都駅から新快速で大阪へ向かった。
少し早めに着いたので、さんふらわあターミナルの待合で缶コーヒーを飲んでいると、和服姿の二人連れが目に止まった。なんとなく違和感を感じた島田が見つめていると、二人もその視線に気づいて、目礼を送ってきた。
見つめたのは失礼だったかなと気になったのでニッコリしながら目礼を返すと、そばのテーブルにやってきて、初老の男性が
「京都でお見かけしましたが、志布志までご旅行ですか?」
と問いかけてきた。
「はい、そうですが、京都からお気づきでしたか」
「蛸薬師通でお見かけしまして、わたしどもと同じ方向へ向かわれますので、その気はなかったのですが、後をつけるような格好になってしまいまして、失礼しました、どうかご勘弁ください」
「そうでしたか、何も気が付きませんでした、こちらこそ失礼しました。はじめまして、わたし島田と申します、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
と言っただけであとが続かない。訳ありなのだろうと察して、相手になるのをやめ、島田はタブレットでキンドル小説を読み始めた。二人はほとんど話をしなかったが、ときどき、小声で、キスケさん、オモトと呼び交わしているのが漏れ聞こえてきた。
出港後、間もなく、島田は、突然、睡魔に襲われた。
「喜助さん、もうそろそろでしょうかね」
「このあたりやろうな、ほら、聞こえてくるで、耳すましてみい」
「ほんまや、あれ、先生の声どすな、若の声も聞こえてきます、間違いおまへん」
「おーい、左馬之介、どこじゃあ」
「ここです、ここにおります」
「しっかりせえ、しっかりするのじゃ」
「父上、左馬之介、無念にござる」
「流れが速い、手を離すでないぞ!」
「薩摩めに、騙されてしまいました」
「先生! 若! 喜助でございます!」
「先生! 若! 元でございます、お気を確かに」
島田は、昨日、真理恵に言った「おーい、左馬之介、どこじゃあ」という言葉が聞こえてきたような気がして、怖気立った。夢を見ているのだろうかと思って、腰掛けている椅子の傍の船窓から外を覗いてみた。薄闇を通して黒い山らしい陰の中腹まで灯りが見える。その下を車が主に右から左へ列をなして走っている。すると、光の列が左から右へとかなりのスピードで横切っていく。
???
電車?
まさか!
おかしいな・・・・
志布志行きは紀伊水道を南下するはずだ。
右側を電車が走るはずがない。
前方を見ようと思ったが、窓枠が邪魔をしてよく見えないのでデッキに出た。
デッキには誰もいない。
すると、先程聞こえてきた、亡霊のような四人の声が、再び聞こえてきた。
はて、まだ、夢を見ているのかな?
と思いながら目をこすると、目の前に巨大な橋が迫ってくる。
まさか、とは思ったが、間違いなく、明石海峡大橋である。
橋の下をくぐるときに、ゴォーッという海鳴りが聞こえ、島田は思わず身をすくめた。
気がつくと、両腕を二人の人に掴まれている。
「大丈夫ですか?」
と男の声がするので見ると喜助と名乗った男である。もう一人はお元である。気がつくと、喜助は頭に丁髷を乗せ、お元は髷を結っている。
「驚かれましたか、わたくしどもは、臥竜先生のお世話をしておりましたものです。先生がこの度、遭難なされたと聞きましたので、こうして二人してお助けに参った次第です」
「臥竜先生と申されますと、ひょっとして、あの、田中河内介のことですか?」
「はい、さようでございます。京都で臥竜先生のことをお調べなのではないかとお見受けしましたので、失礼とは存じましたが、こうしてお供させていただきました次第にございます」
「もう、ご承知のことと思いますが、わたくしどもは生身の人間ではございません、死霊です。しかしながら、島田さまに危害を加えようなどというつもりは微塵もございませんので、どうぞご安心ください。見ての通り、喜助さんはただの年老いた下男ですし、わたしは下女にすぎませんし、ふたりとも刃物など持ってはおりません」
「とは申されましても・・・・」
「不気味でございましょうか」
「はあ、と言いますか・・・・」
「わたくしどもは島田様に恨みなどございませんので、どうぞご懸念なく、恨み申しておりますのは、先生と若を、薩摩にお連れ申すと騙して、むごたらしゅう船中で惨殺した上にこの海へ投げ捨てました、薩摩の極道連中でございます。あの連中だけは、中でも堀と海江田と大久保の三人は許せません」
「とは申しましても、わたくしどものような下賤の身の者にはどうする手立てもございませんので、こうして喜助さんと二人して、毎年、命日の時期にこの海へ参りまして、薩摩を呪い、先生と若の霊を慰め申しておるのでございます」
「百六十年もですか」
「そうです、島田様はお見受けいたしますところ、わたくしどもと志を同じゅうされるお方のように拝察いたしますが、いかがでございましょう、これから、薩摩まで慰霊の旅のお供をしていただくわけには参りませんでしょうか」
「じつは、わたし、河内介の慰霊のつもりで、この船に乗りまして鹿児島を目指しております、とはいえ、お二人のように呪うとかといった気持ちは、特段、持ち合わせてはおりませんのですが。それよりも、この船は、志布志行きですから、紀伊水道を通るはずなのですが、どうして明石海峡を通っておるのでしょう」
「いや、ご心配には及びません、ちゃんと紀伊水道を通っております、霊の力によって、島田様をお導きしておるだけでございます」
「はあ?」
「明日は、この船は、小豆島へ立ち寄ります。先生と若様が小豆島までたどり着かれましたので。小豆島で先生の碑にお参りをしましてからは、志布志まで直行いたします」
「喜助さんの申すとおりでございます、どうか、ご同道のほどよろしくお願い申し上げます」
島田は、その後、間もなく、意識を失い、気がつくと、小豆島の雲海寺という寺の墓碑と哀悼の碑の前に立っていた。それから先のことは記憶に無いのだが、いつの間にか、船室に戻り、眠りに落ちた。
翌朝、九時前の定刻に志布志港に入港した。下船するまでの間、船内を探して回ったが、二人連れの姿はどこにも見つからなかった。
不審に思った島田は、下船してから、乗客名簿を見せてもらったが、喜助とお元らしき名前はなかった。
狐につままれたような気持ちのまま、島田はレンタカーを飛ばして鹿児島へ向かった。
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