ページ16 原点

 夏休みに二泊三日の沖縄旅行に訪れた謙介達。二日目、謙介達は歩きながら街を散策していると人気女優の永濱馨に遭遇する。最初気付かなかった謙介だが幼少期に馨と交わした約束を思い出したことで馨との記憶を全て思い出す。撮影に戻っていった馨と入れ違いにやって来たマネージャーの桐ヶ谷。すると突然謙介に頭を下げて・・・。




「彼女は今から五年前、高一の時にデビューしました。それからたゆまぬ努力をしてここまでたどり着いたんです。」


 そう言うと桐ヶ谷は謙介の方を向いて頭を下げた。


「三々樹さん、あなたには本当に感謝しています」


 突然の行動に謙介は驚きを隠せなかった。


「ちょ、ちょっと、やめてください。頭を上げて下さい。」


 謙介はただただ頭を上げてもらうようお願いした。チラッと謙介の方を見た桐ヶ谷は頭を上げおもむろに話し始めた。


「私、一度だけ彼女に聞いたことがあるんです。なんでそこまで頑張るのかって。」


 桐ヶ谷は神妙な面持ちで話を進める。


「三年前、映画の主演オーディションがあったんです。その映画は有名な監督がメガホンを取っていたこともあって、馨も気合い十分だったんですが・・・。」


 桐ヶ谷は一呼吸置いてからこう呟いた。


「帰ってきた答えはこうでした。」






~三年前~


 楽屋には台詞を確認する馨とその声を聞きながらスケジュールを確認する桐ヶ谷。この日、馨は映画の主演オーディションに来ていた。今回の映画「君は桜を待つ」で監督を務めるのは恋愛映画の巨匠として知られている藍澤あおさわ奎吾けいご。数々の恋愛映画を手掛け、あらゆる賞を受賞。彼が作り出す世界観に皆が絶賛の声を寄せている。


「ずいぶん気合い入ってるわね。」


 順番を待つ間、ギリギリまで本読みをする馨にふと桐ヶ谷が質問を投げ掛ける。


「だって監督があの藍澤奎吾だよ。そりゃ気合い入りまくりよ。」


「藍澤監督が起用した若手俳優はみんな一躍有名になってるしね。」


 藍澤が監督を務める作品に主演で起用されることは若手達にとっての憧れ。藍澤作品に出演し、結果を残すことこそ名女優への近道。いわば登竜門と言える。


「なんとしてもこの役は勝ち取りたいんだ。」


 気合いを入れ直した馨は再び本読みに戻る。そんな馨を桐ヶ谷はじっと見つめ、そして問う。


「ねぇ、馨。あなたなんでそこまで頑張るの?」


「えっ!?」馨は驚きの表情を見せる。


「あなたが女優になるきっかけになった幼なじみの男の子の話は前に聞いたけど、ここまで頑張る理由が他にあるんじゃないかって思って。」


「それにその男の子、引っ越しちゃってもうずいぶん会ってないんでしょ? もうあなたのこと忘れちゃってるんじゃない。」


 少しの間、部屋には沈黙が続いた。『何かまずいことでも聞いたかしら・・・』桐ヶ谷はその空気を察知し、とても気まずくなった。黙ったままの馨に声を掛けようとしたそのときだった。馨がおもむろに口を開いた。


「小四のときに飼っていた猫が死んじゃってね。私、大号泣しちゃってさ。でもケンちゃんが「寂しくなったら僕がそばにいるから。いつでもカオちゃんのこと笑顔ににしてみせるから。」って言ってくれたの。」


「そのころケンちゃんまだ小一なんだよ。生意気でしょ?」


 そう言って馨は桐ヶ谷に笑ってみせた。その笑顔からはどこか懐かしさが滲み出ていた。


「でもさ、その言葉がめっちゃ嬉しかったんだよね。」


「だから私も誰かの心に寄り添えるようになりたいって思ったの。私の演技を見て笑ったり泣いたり感動したり、誰かの記憶として見てくれた人の心に寄り添えたら良いなって。」


「だから私にとってケンちゃんが原点オリジンなんだ。」


 そう馨は笑顔で答えた。その答えに桐ヶ谷の心には堪えるものがあった。初めて聞く馨の本音に桐ヶ谷は込み上げてくる感情を押さえ込むのに必死だった。





「カオちゃん・・・。」


 そんな昔のこと覚えてたんだ·····。桐ヶ谷の話を聞いた謙介は馨をじっと見つめながらそう呟いた。


「今の彼女があるのは貴方のおかげなんです。」


 そんな言葉を受け、謙介は馨が全力で夢を追いかけていること、彼女のそばにいつも自分が居たこと、幼なじみのことを忘れていたこと、自分には夢や目標がないことに気付かされる。


 なにやってんだろ、僕は。毎日なんとなく生きてなんとなく過ごしてる間にカオちゃんは夢を叶えて尚努力してるんだ·····。


「そんな言葉、僕には勿体ないですよ。」


 謙介は俯きながら悲しそうな目でそう呟く。そんなとき、スタッフの声が聞こえてくる。


「はーい、OKです。これにて撮影を終了します。お疲れ様でした。」


 そのスタッフの掛け声で皆が後片付けを始める。撮影を終えた馨は周りのスタッフに挨拶しながら控え席に戻る。桐ヶ谷も馨の元へ向かって行った。


「そういえば今、何時?」


 ふと謙介が二人に聞く。充が腕時計を見ると時刻は二時を回っていた。


「うぉ、もう二時を過ぎているではないか。」


「じゃあ、僕達も行こうか。」


謙介の一言に二人は驚いた。


「えっ、良いのか? 馨ちゃんともっと話さなくて。」


「久しぶりに再開したのであろう?」


 謙介は馨のいる方に背を向けながら少しの間沈黙した。


「良いんだ、顔だけでも見られたし。」


 そう言うと謙介は一人、人だかりの外へと向かって行った。それを見た二人も謙介のあとをついていく。


 桐ヶ谷と話していた馨は先程まで謙介達がいた場所に目をやり、謙介が居なくなっていることに気が付く。


「あれ、ケンちゃんは?」


 桐ヶ谷も後ろを振り向き、確認するがその場に謙介の姿はない。


「ついさっきまであそこに居たんだけど。」


 馨も桐ヶ谷も辺りを見渡すが何処にも見当たらない。


「ケンちゃん·····。」 






─To be continues─

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