ページ15 約束

 夏休みに二泊三日の沖縄旅行に訪れた謙介達。二日目は自由行動で謙介、道義、充の三人は歩いて街を散策中に人混みを発見する。その人混みの中に行ってみると人気若手女優の永濱ながはまかおりが撮影をしていた。道義と充が興奮冷めやらぬ中、ふと目が合った馨は勢いよく謙介の元に駆けつけ・・・。

 

 

 

 謙介と目が合った馨は黙ってそこに突っ立ったまま動かなかった。少しして動き出したかと思いきや謙介の元に一直線に歩いてきた。集まったファンがざわつく中、勢い良く向かって来た馨はぶつかる寸前で止まると謙介の両手を掴んだ。


「もしかしてケンちゃん?」


 ときめいた顔の馨とは裏腹に謙介はその場できょとんとした顔のまま動かなかった。それもそうだ、さっきまで顔も名前も知らなかった人に「ケンちゃん」と親しい呼ばれ方されたのだ。しかもそれが今、話題の女優さんなのだから無理もない。ただ確かに感じられるのは馨から発せられるほのかに甘くいい匂いのみ。しばらくの間、馨は謙介の顔をジーっと見つめているとハッと目を大きくさせた。


「やっぱりケンちゃんだー」


 と言った次の瞬間、馨は謙介に抱きついた。『えー!』と謙介は心の中で思った。今、自分がどんな顔をしているかの想像がつかない。馨の思いがけない行動に周りのファンやスタッフ達も動揺する。もちろん道義と充も動揺を隠しきれなかった。馨は満面の笑みを浮かべ、謙介に抱きついている。


「ちょ、おい、どういうこと?」


「この状況を頭が把握できていないのだが」


『それはこっちのセリフだよ』謙介は心の中でそう呟く。学校一の秀才ですらこの状況を理解出来ていないのについこの間転校してきた自分が分かる訳がない。


「あっ、あのー、どなたかと勘違いされているんじゃないですかね」


 謙介は動揺した顔のまま馨に問う。


「もしかしてケンちゃん私の事忘れちゃったの?」


 馨は少し寂しそうな目で謙介に問い返す。


「えっ!?」謙介は驚き、目を泳がせ視線を反らして過去の記憶を辿る。皆の視線が一斉に注がれる中で謙介は眉間に皺を寄せながら思い出していると十年前のと共に馨のことを思い出す。


「カオちゃん? ····、もしかしてカオちゃん!?」


 馨は何度も激しく頷き、もう一度謙介に抱きつく。謙介はハッとまま固まってしまい馨に抱かれたことに気付いていない。


「あのぅ、お取り込み中のところ申し訳無いんだけど俺達を置いて行かないでくれる?」


「納得のいく説明を」


 道義と充の呼び掛けにようやく正気を取り戻した謙介が二人に説明を始める。


「あぁ、ごめんごめん。実はカオちゃんは僕の幼なじみなんだ」


「私の方が三つ歳上なんだけどケンちゃんとは家が隣通しでいっつも遊んでたんだ」


 道義と充はぽかーんとした顔のまま二人の話を聞く。


「僕が小二の冬に引っ越したっきりだから十年ぶりだね」


 馨は満面の笑みで謙介を見ながら頷いた。


「ケンちゃん、私あの日の約束ちゃんと叶えたよ」


 その言葉に謙介はあの日交わした約束のことを思い出す。

 

 

         ~十年前~

 謙介が生まれ故郷である高知から沖縄へ引っ越す当日。馨はこれから去る謙介を見送りに家の前で待っていた。馨は玄関から車に乗り込もうとする謙介を呼び止める。


「ケンちゃん。私ね女優さんになる。女優になってケンちゃんがどこにいても私が見られるように頑張るから。約束だからね」


 そう言って馨は右手小指を謙介に差し出す。


「うん、僕どこに居てもカオちゃんカオちゃんのことずっと見てるから」


 謙介は自分の右手小指を出して馨の小指を結ぶ。そして二人揃って指切り拳万をしてお互いの小指を離して笑い合った。

 

 

「うん、本当にすごいよカオちゃん」


 そんな謙介の言葉に馨の顔には笑みが浮かぶ。


「でもケンちゃん、私のこと忘れてたでしょ。それは許せない」


 先程まで笑みを浮かべていた馨が途端に態度を改めた。怒りをあらわにし、右頬を膨らませ謙介を睨み付けていた。『ギクッ!』と謙介は心の中で確かにそう呟いた。今まで触れてこなかった話題を持ち出され困惑している。


「あっ、えぇっと、っそのー」


 謙介が必死で言い訳を考えていると奥から男性が馨の方に近づいて来る。


「永濱さん、撮影のほう再開します。」


 男性は撮影スタッフだった。スタッフに呼ばれた馨は振り返り、明るく「はーい」と返事をしてまた謙介を見る。


「ごめんねケンちゃん。私もう行かなきゃ。良かったら撮影最後まで見てってね」


 馨は顔の前で両手を合わせ謙介に謝り、そのまま颯爽と撮影に戻って行った。走って行く馨の後ろ姿は正に美しかった。ポニーテールに結んだ髪が左右に揺れているそれだけで絵になった。


そんな姿に見とれていると馨とすれ違いにこちらに向かってくる女性を視認した。黒いスーツ黒いスカート姿でハイヒールを履き、黒淵の眼鏡を掛けたいかにもインテリ系のような容姿だった。


「あなたが三々樹謙介さんですね」


 その女性は謙介の前で止まるとそう問いかけた。


「あ、はい。そうですけど」


「私、永濱馨のマネージャーをしております桐ヶ谷きりがやと申します。以後お見知りおきを」


 そう言って彼女は名刺を差し出した。謙介は名刺を両手で受け取る。名刺には芸能事務所ノンスタイリッシュ、マネージャー桐ヶ谷黎子と書かれていた。


「ご丁寧にどうも」


「先程のお話は聞いておりました。よろしければこちらへどうぞ。そちらのお友達もご一緒に」


 そうして三人は桐ヶ谷に案内されて関係者しか入れない撮影現場に足を踏み入れた。


三人は監督スタッフが大勢入っているテントの中に連れて来られた。日差しよけのテントや小さな扇風機があるのだがそれを凌ぐ程現場は暑かった。そんな中、馨は様々なポーズをとって撮影に勤しんでいる。


「あの、これ何の撮影ですか?」


「ファッション雑誌の特集の撮影です。馨はWON-WOの看板モデルでもありますから」


謙介はWON-WOと言われてもあまりピンと来ていなかった。そんな姿を見かねた道義が助言する。


「ちなみにWON-WOは流行りのファッションやメイク、季節のトレンド物なんかを取り上げていて十代から二十代から絶大な支持を得ているファッション雑誌の一つだよ」


そんな道義の説明を聞いた桐ヶ谷が「ふっ」と笑う。


「三々樹さんは馨の幼馴染みなのに何も知らないんですね」


「すみません。僕、今年の三月まで海外にいたのでカオちゃんが女優になっていたことすら知りませんでした。」


「なるほど、そういう訳でしたか」


納得したように微笑む桐ヶ谷。しかしその姿は謙介からはほくそ笑んでいるようにしか見えなかった。


「彼女は今から五年前、高一の時にデビューしました。それからたゆまぬ努力をしてここまでたどり着いたんです」


そう言うと桐ヶ谷は謙介の方を向いて頭を下げた。


「三々樹さん、あなたには本当に感謝しています」


突然の行動に謙介は驚きを隠せなかった。



      ─To Be continues─





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