ページ13 今、話したい友がいる
夏休みに瑞帆の提案で沖縄に二泊三日の旅行に来た謙介達。初日は海で夏を満喫した一行は今回宿泊するホテルへと向かった。ホテルのスタッフに出迎えられながら各々の部屋に向かった。あまりの豪華さに興奮冷めやらぬ中、謙介の部屋に道義が訪ねて来る。
部屋のドアからノック音が聞こえてきた。音に気づいた謙介はドアを開けるとそこには道義が立っていた。
「あれ、道義?。」
「悪い謙介、ちょっと良いか?。」
謙介はとりあえず道義を部屋に招き入れた。部屋に入る彼の足取りはどこか重そうに感じた。道義はおもむろにソファに腰掛けた。
「何か飲む?。」
謙介はその重そうな足取りを察し気を使った。
「じゃあ、水を頼む。」
「あいよ!」
謙介はわざと軽い返事をして冷蔵庫から二人分の水を取り出して道義に渡した。
このホテルのVIPルームには水やジュース、炭酸やお酒などありとあらゆる飲み物が常備されている他リクエストに応じて様々な飲み物を楽しめる。
「なぁ、ベランダで飲まないか?」
謙介は頷き、無言のまま二人で向かう。窓を開け、ベランダに出ると夜空に浮かぶ満月が海の水面に反射して揺らいだ。潮風が少し肌寒く感じるがそれもまた趣があって良い。
「それで、どうしたんだよ急に。」
謙介はペットボトルのキャップを開け水を一口飲み、ぶっきらぼうに聞いた。
「いや、夕食まで時間があるだろ。部屋に居てもやること無いから遊びに来てやった。」
道義も蓋を開け、水を一口飲んだ。
「そっか。そういえば道義と二人っきりで話すの初めてだよね。」
「そうだな、俺達出会ってもう四ヶ月経つのにな。」
二人は笑いながら目も合わせず夜空を見ていた。そのあと多少の沈黙が続いた後、道義が話始めた。
「なぁ謙介、お前自分の親を恨んだことあるか?」
「えっ!?」
突然の質問に驚いて道義を見る謙介。思わず口に含んだ水を吹き出すところだった。
「いやさ、お前が五回も転校したって聞いてふと思ったんだ。なんで自分がこんな目に遭わなきゃいけないんだって思ったことあるのかなって。」
謙介は下を向き無言になる。
「悪い変なこと聞いて、忘れてくれ。」
謙介の反応を見て我に返った道義はすぐさま発言を取り消そうとした。ものすごく気まずい空気の中、謙介が口を開いた。
「そりゃあ何回もありよ。特に海外に行くときなんかめちゃめちゃ駄々捏ねたからね。転校する度に不安なんだ。新しい友達できるかなとか、新しい環境に慣れるかなとか。ましてや海外なんて文化も食べ物違うし、言葉も通じないから引っ越す日まで怯えてたんだよ。」
道義は謙介の話を真剣な眼差しで聞いていた。
「でもある日から物事を難しく考えるのをやめたんだ。転校するたびに新しい人達に出会えたり、知らなかったことを知れたり、見たことないものを見れたり。新しい物語が始まるって思ったら少しは気が楽になったんだ。そう思えたのもみんなに出会ってからなんだよ。」
その言葉を聞いた道義は謙介の方に顔を向けてこう質問した。
「どういうこと?」
謙介は突然思い出し笑いをして答えた。
「ほら、僕が転校してきた初日に自己紹介で一発芸やったじゃん。あの時、クラスで誰一人笑ってなかったじゃん。それでまたやっちゃったなぁって思ったんだ。」
そう言われて道義は脳内で記憶を遡った。謙介が一発芸『弓道』をやってどん滑りしたことを思い出して思わず噴いてしまった。
「わっ、笑うな!僕の黒歴史なんだから。」
隣で笑う道義に謙介は怒った。
「だってあの空気は忘れたくても忘れられないわ。」
怒る謙介の横で一向に思い出し笑い止まらない道義。
「でもそのあと紗倉さん、瑞帆、充、道義が僕に積極的に話しかけてくれて嬉しかったんだ。あんなにグイグイ来られたの初めてだったし。」
道義が謙介の顔を見ると嬉しそうに微笑んでいた。
「その夜、お風呂の中で思ったんだ。思い返してみるとどこに行ってもみんな易しかったし、食べ物も美味しかったし、嫌なことばっかじゃなかったなぁって。だから後悔してないよ。五回の転校で学生生活を失ったけど、その分他の人にはできない体験ができた。」
謙介の顔は晴れ晴れとした清々しい表情をしていた、悩みも迷いも無い顔。
「そっか」
そんな謙介の表情を見た道義は水を勢い良く飲み、ぷはーと息をつく。
「俺さ、小さい頃に父さんが病気で死んでそのあと母さんが再婚したんだけど新しい父親となかなか馴染めなくて。弁護士なんだけど理屈っぽいというか、堅苦しいというか、とにかく俺には合わなかったんだ。」
道義が自分のことを話すのはとても珍しいことであった。普段は誰にでも優しく、気さくに接する彼だが決して自分の内面に関すること、特に闇の部分を他人に打ち明けることは無かった。それは幼馴染みの瑞帆も同様であった。しかし、謙介は違った。道義が出会ってきた人々ので唯一自分の闇をさらけ出せる者、本当の意味での『友』であった。
「だから今でも思うんだ。もしも父さんが生きていたらって。」
道義にも人に言いづらい過去があったことに少し驚いている謙介はこう言葉をかけた。
「道義は新しいお父さんに馴染もうとしているんじゃない?」
その言葉に道義はハッとした。
「お母さんの為にも普通の家族として生活しようと頑張って、頑張って、頑張りすぎるからお父さんのこと嫌いになるんじゃない?道義はとても優しいから。」
その時、道義の目に涙が滲んだ。彼自身も何が起きたか分かっていなかった。
「僕も初めての転校の時は新しいクラスに馴染めなくて大変だった。それは自分が周りに馴染もうと無理してるから空回りして自分の進みたい方向とは違う方に行くんじゃないかなって。だから道義は道義のありのままの姿をお父さんにぶつければ良いんじゃないかな。」
道義の左目から涙がツーと通った。
「無理に馴染もうとしなくても肩の力抜いても良いと思うんだ。」
道義は涙を左手で拭った。
「そうだな。お前に言われるとめちゃくちゃ説得力あるよ。」
「それどういう意味だよ。」
二人は笑い、それまで漂っていた嫌な空気が一変した。
「お前が友達で良かったよ、謙介。」
二人はお互いの顔を見合うと同時に笑い、一緒に水を飲んだ。そして部屋に入り、ふと時計を見ると時刻は19:00を回っていた。
「やっば、もうこんな時間。急いで部屋戻って準備しなきゃ。」
「あっ、そうだね。」
道義は急いで謙介の部屋を後にした。謙介も準備に取りかかる。旅はまだまだ始まったばかりだ。
~To be continued~
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