第14話 (五)

 沙樹は今朝もいつもと同じ電車で出社した。

 車窓しゃそうから見えるワタルのマンションは、何事もなかったように朝日を反射している。


 夕べもワタルと連絡が取れなかった。

 意を決して何度も電話をかけたが、電源が切られているというメッセージが流れるのみだった。


 気持ちが乱される。油断すると、目の前にワタルと浅倉梢のツーショット写真が浮かび、心が休まらない。


 だが、それを理由に仕事を休むのはもっと嫌だ。

 ひとりで過ごしていると、浅倉梢のことばかり考えてしまう。それくらいなら好きな仕事に熱中して、少しでも忘れたかった。


 地下鉄を降りて地上に出ると、ひときわ背の高い建物が目につく。あれが沙樹の職場だ。

 親会社のテレビ局には、今日も多くの人が出入りする。

 ロビーを抜けて関係者専用のエレベーターを待っていると、昨日ワタルのマンション前で見かけたカメラマンと鉢合わせた。こちらに気を留めることもない。向こうは沙樹のことを知らないようだ。


 FM局のあるフロアで降り、沙樹はくずれるように自分の席に座った。地下鉄を降りたころから体がだるく、立っているのがつらい。

 気力を奮い立たせ、今日もノートPCの電源を入れる。

 生番組の準備までに、新企画の構想を整理しておきたかった。


 ところがディスプレイを見ていると、文字が二重に見えてきた。

 リーディンググラスを使うような歳じゃないのに、と首をかしげ、目をこすりながら構想をまとめる。そうやって自分自身をごまかしながら入力していると、急に頭痛がしてきた。

 三十分ほど我慢して企画を書いていたが、画面を見ているだけで辛い。沙樹はPCを閉じ、腕を枕にして机の上にうつぶせた。


 気分が悪く、頭を上げるのもおっくうだ。

 暖房が効いているオフィスにいるのに背筋がぞくぞくする。思考が鈍ってきたのを自覚していると、


「西田、おまえさんここ二、三日変だぞ。風邪でも引いたか?」


 頭上で和泉の心配そうな声がした。


「いえ、なんでもないです」


 顔を上げた沙樹を見て、和泉が口元を歪めた。


「おい、顔が真っ赤だぞ。熱があるんじゃないか?」


 和泉は隣の席にいる裕美に声をかけ、沙樹を医務室に連れて行かせた。

 体温を測ると三十八度もある。戻って企画を書きたかったが、気力が残っていない。

 沙樹をベッドに寝かすと、裕美は手近にあったタオルを氷水で濡らし、額に乗せてくれた。

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