第13話 (四)

「おれの勘なんだが、北島くんの恋人は浅倉じゃないな。いや彼女はいるような気がするが、少なくとも浅倉は違う」


 須藤にもなんとなく気づかれているとは、思いもしなかった。

 沙樹とワタルの関係がばれるのは、時間の問題かもしれない。


「どうしてそう思うんですか」


「どうしてって言われてもなあ……強いて言えば、北島くんの作る歌か。彼の書く詞を読んでると、ときどき身近な誰かに向けたんじゃないかってものがある。少なくともおれには、その女性が浅倉梢に思えない。

 もっと一途で、健気で——ああ、ちょうど西田くんみたいな人だよ」


「あ、あたしですか?」


 須藤は軽くうなずいて続ける。


「もっとも、フィクションで作り上げた人物をもとにしている可能性もある。モデルは西田くんかもしれないがな。

 曲作りのことも含めて取材し、二冊目の写真集をだしたいと思ってな。歌詞をじっくりと読んで、構想を練っていたんだよ。そこに浅倉梢が出てきたんで、おれ自身混乱している」


 沙樹にはどの曲をさしているのか見当がつかない。だが須藤の言葉で、少しだけ気が軽くなった。


「須藤さんって、北島さんたちのことをよく見ているんですね」


「デビュー当時から注目してるんだぞ。この程度のことを見抜けないでどうする。外見だけを見ていたんじゃ、いい写真は撮れねえってことだよ」


「じゃあ、どうして芸能レポートに来たんですか? もしかしてアルバイト?」


 沙樹の軽口に須藤は破顔はがんし、ワタルの部屋の窓を見上げて目を細めた。


「いやいや。おれも友人としてようすを見に来たんだ。でもこんなふうに張り込まれていたら、北島くんは帰りたくても帰れないだろうね」


 沙樹は、須藤が撮影やインタビューの最中に見せる、何もかも見透かすような視線が怖かった。

 だがあれは被写体をとらえるときのカメラマン特有のもので、相手を威圧いあつするためのものではなかった。

 少なくとも今は、切り込んでくるような鋭さがなく、眼差しが柔らかい。


「須藤さんって、友達思いで情の厚い人なんですね」


「やっと解ったか。いつになったら怖がるのをやめてくれるかなって、ずっと悩んでたんだぞ」


 須藤は豪快に笑う。


「それより早いとこ帰れよ。よかったら送ろうか」


「ありがとうございます。でもうちまで一駅ですから」


「そうか。じゃあ、気をつけてな」


 須藤の車を見送って、沙樹はもう一度ワタルの部屋を見上げた。

 やはり観葉植物が気になる。だが、自分を知っているかもしれないカメラマンの前を、堂々と通り抜けるような危険は冒したくなかった。


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