第15話 (六)

 ワタルの熱愛報道を知った日以来、沙樹はあまり眠れず、食事もほとんどのどを通らなかった。

 仕事のことを考えたら、食べられない眠れないではいけないと思い、夕べは無理やりパスタを流し込んだまではよかった。

 が、五分ほどで気分が悪くなってトイレに駆け込み、胃薬を飲んで落ち着く。

 まさに最悪の夜だった。そしてろくに眠れないまま朝を迎えた。


 体のだるさは、睡眠不足と食欲不振が原因ではなかった。自分のメンタルがこんなにも弱いと気づいた今、さらに気分が沈む。

 ベッドの中で熱にうなされながらそんなことを考えていると、番組を終えた和泉がようすを見にきた。


「小川から聞いたぞ。風邪だってな。ここ二、三日で急に寒くなったからなあ」


 和泉は解熱剤と水を渡してくれた。


「ときにおまえさん、少し前から不摂生してないか?」


「そんなことは……」


 ありませんと胸を張れず、沙樹は言葉を濁す。


「心配事を抱えてるだろ?」


 否定すると、和泉は口元に小さな笑みを浮かべた。


「隠すなよ。これでも部下が今どんな状態かくらいは解るさ」


 沙樹はうなずく代わりに、窓越しに曇り空を見上げた。


「やっぱりな。そうじゃないかと思っていたんだ」


 和泉は一呼吸おいて続ける。


「どうだ。療養という名目でしばらく休みでも取るか。さっき確認したんだが、有給をほとんど使ってないようだな」


「……はい」


 仕事がおもしろいのと体力自慢というふたつの理由で、ほとんど消化していない。


「こんなときくらい遠慮せずに使えよ」


「でも……」


「心配するな。おまえさんの帰る場所と仕事は残しておくさ。そのかわり問題は解決しろよ」


 和泉はそう言い残すと、沙樹の返事も聞かないで医務室を出ていった。

 なかば押しつけられる形で、沙樹は二週間の休みを取ることになった。上司のいきな計らいに、沙樹は心の中で手を合わせた。


「問題を解決する、か」


 そのためにはひとりで悩んでいても仕方がない。ワタルが出てこないなら自分から動く。それしか解決の道はない。


 だが何をするにしても、ある程度の見込みは必要だ。闇雲に動くだけでは、いくら時間があっても足りない。

 沙樹はベッドの中で、ワタルの行きそうなところを考えた。


 このときになって、沙樹は意外なことに気がついた。

 ワタルがひとりで行きそうな場所が、何ひとつ浮かんでこない。


 もちろん今のワタルは理解している。

 だが出会う前のことはあまり知らない。

 中学生のころからモテていたと小耳に挟んだことがあるため、昔話を聞いているうちに、知りたくないことまで知るのが怖かった。


 そんな些細なこだわりがあだになった。

 もう少しワタルのことを知っていれば、潜伏場所のヒントが見えたかもしれない。


 だが幸いにして、沙樹には頼りになる仲間がいる。


 このあとの行動についてベッドの中で考えているうちに、薬が効いたのか、沙樹は眠りについた。

 それはここ数日訪れることのなかった深い眠りだった。

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