第5話 (五)

「沙樹さんって仕事熱心なんじゃない? 局でもバリバリ働いてんだろうな。すっげえな。だってうちみたいな田舎のライブハウスでものぞくんだもの」


 沙樹はあまりの過大評価に落ち着かず、人差し指で頬をく。一方でハヤトを見ているだけで、いつの間にか笑みが浮かんでいる自分に気がついた。


「沙樹さん、ちょっとごめんね」


 ハヤトは助手席のダッシュボードを開け、何かを捜し始めた。横顔がすぐそばに迫り、沙樹はフローラルのかすかな香りに包まれた。


 自然に流れる日焼けした黒髪は、染めてないところがかえって素朴だ。元気なハヤトそのままに、黒い大きな瞳がよく動く。


 近すぎて、体温まで伝わってきそうだ。


 沙樹は距離に耐え切れなくなり、窓越しに空を見上げた。

 一筋の細い線を残して星が流れた。願いをかけるまもなく燃え尽きて消える。


 だが沙樹の想いは燃えつきない。たどり着く場所はひとつだ。

 降るような星の群れを見つめ、沙樹はワタルに想いをせた。


「やっと見つかった。ごめんなさい、窮屈きゅうくつだったでしょ」


「う、ううん。そんなことないよ」


 ぎこちない笑顔を浮かべていると自覚しながら沙樹は答える。ハヤトはパスケースに名刺を挟み、車をスタートさせた。


 会ってまだ何時間もたっていないのに、ハヤトの運転する車に乗っていることが信じられない。

 気をつけて行動しろと、頭の中で声がする。


 解っている。いつもならこんな軽率なことはしない。だがハヤトは沙樹の警戒心を簡単に消した。

 透明感のある繊細な歌声が耳の奥によみがえる。


「ハヤトくんたちは、いつもあのライブハウスで演奏してるの?」


「うん。月に一、二回くらい。オーナーは昔この街で大人気だった人でね。短期間だけどプロで活躍したこともあるんだ。

 本当に音楽が好きな人で、ぼくはオーナーを尊敬している。ずっと前からあの人に認めてほしかったんだ。小さな店だけど、レギュラーになるのが第一の目標だった。やっと実現したんだよ」


 ウインクをし、ハヤトは自慢気に答える。

 音楽活動が起動に乗り始め、演奏することが楽しくてしかたがないのだろう。


 ワタルたちのバンド、オーバー・ザ・レインボウにも、同じような時期があったに違いない。

 活動拠点となったライブ喫茶ジャスティで演奏するようになったころ、沙樹は彼らと出会った。


 些細なことがきっかけでワタルを思い出す。心はいつもワタルのもとに飛び立つ。

 それなのになぜ、こんなことになったのだろう。どこでボタンを掛け違えたのか、沙樹には解らない。


 流れる街並を見送る。

 夜を彩るネオンサインが、ライブ会場のきらびやかな光を連想させた。七色の光はオーバー・ザ・レインボウのステージそのものだ。


 虹の舞台に立つ大切な人は、事の真相を語ることなく姿を消した。

 

 遠ざかる影を追いかけて、沙樹はここまでやってきた。

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