第11話 (二)

 番組収録後、三人は行きつけのカフェでおちあった。

 窓際のテーブルに座り一息ついたあとで、清水しみず弘樹ひろきが肩を落としたまま口を開く。


「実はワタル、あの報道以来、姿を消して連絡がとれないんだ」


 事務所やマネージャーにも、行き先を告げていないらしい。

 唯一の会話は第一報の直後、事務所の世良せら社長に電話してきたときのものだ。

 のちに日下部を通じて、一か月後のアルバム作成の打ち合わせまでには帰る、というメッセージが伝えられた。

 日下部はレコード会社のスカウトマンで、メンバーのみならず沙樹も共通の友人だ。 


 清水弘樹が言いにくそうに会話を進める。


「あ、あの……沙樹ちゃんはワタルから何か聞いてないかい?」


「ううん。あたしもここしばらくは仕事が忙しくて、会う暇もなかったの。浅倉さんのことだって、今度の報道で初めて知ったのよ」


 沙樹はチョコレートケーキを口に放り込む。そうでもしていないと、自分たちの関係を告白してしまいそうだった。


「そうか……」


 哲哉が腕組みしたままうなずく。


 ほんの数秒、妙な緊張の漂う無言状態が続いた。

 かと思ったら、沙樹の前で哲哉が弘樹をひじでつつく。弘樹は眉をひそめて哲哉を見返す。

 それを何度か繰り返し、またふたりは黙り込んだ。


「おふたりさん。何か言いにくいことでもあるの?」


 会話のきっかけをつかめない哲哉たちに沙樹が助け舟を出す。

 弘樹は安堵の表情を見せ、椅子に座り直して姿勢を正した。つられて沙樹の背筋も伸びる。


「実は今までの話は前座で、これからが本題なんだよ」


 弘樹は周りを確認し、身を乗り出して声を潜めた。


「ここだけの話、ワタルには彼女がいるみたいなんだ。浅倉梢とは別にね」


「え、ええっ? 本当?」


 われながら白々しいとあきれつつも、沙樹は驚く演技をする。


「沙樹ちゃんは恋愛のことで、ワタルから相談されたことがないかい?」


彼女のことで?」


 同じように身を乗り出して小声で訊き返すと、弘樹はゆっくりとうなずいた。


 忙しい中でわざわざ時間を作ったふたりに、ワタルとの関係を隠し通してよいのだろうか。

 機を逃したままだったとはいえ、学生時代から気心の知れた友人にすら話せないのが心苦しい。

 ワタルに了解をとっていたら、打ち明けられたかもしれない。

 だが今は、気持ちが本当に沙樹の元にあるかさえ疑わしい状況だ。仮に話したとしても「実はフラれていました」という結果もあり得る。


「意外とさ、相手は西田さんだったりして」


 哲哉が何気なくポツリとつぶやく。ケーキを口に運ぶ沙樹の動きが止まった。

 動作だけでなく、心臓まで止まったかと思った。沙樹は口を半開きにしたまま、戦々恐々として哲哉を上目遣いで見る。


「なあんてな。いくらなんでも、そんなに都合よく話は進まねえよ」


 組んだ腕をほどき、哲哉はテーブルに頬杖を着いた。


「で、その彼女をみつけてどうするつもりなの?」


「彼女ならワタルの居場所を知ってるような気がしてね。ていうより、その人のところにいるかもしれないだろ」


 沙樹は小さく頭をふった。残念ながら哲哉の推理は外れている。


「彼女のことは聞いたことがないの。役に立てなくてごめんね」


 こうしてなんの手がかりも得られないまま、三日目が終わった。


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