二.見つからない足跡と果てしない不安

第10話 (一)

 デスクで昼食のサンドイッチを食べていたとき、沙樹のスマートフォンが振動した。


 やっとワタルから連絡が来た。

 沙樹は平然を装いつつも、内心ドキドキしながら画面を確認した。


 ところが予想に反し、待ち受け画面には「TT」と表示されている。電話の主はオーバー・ザ・レインボウのボーカル、得能とくのう哲哉てつやだ。


『えらくがっかりした声だな。彼氏からかと思った?』


「そうよ。すっごく期待したんだから」


『またまた冗談を。西田さんに恋人がいるなんて、聞いたことないぜ』


 当然だが、哲哉もワタルと沙樹のことを知らない。


「で、どうしたの?」


『明日の番組収録後に、時間とれるかい?』


「夕方六時からね。えっと……大丈夫。あとの仕事はないよ」


 沙樹は手帳で予定を確認する。明日の仕事はその収録で終わりだ。


『よかった。これでなんとかなりそうだ』


「よかったって、何かあったの?」


は知ってるだろ。西田さんにもいろいろと訊きたいことがあるんだ』


 突然恋人の名前が出て、「得能くんと会う」と予定を書き込んでいた沙樹の手が止まった。

 バンド仲間の哲哉のことだ。沙樹の知らないワタルの情報を持っていてもおかしくない。

 話の流れ次第で、何か聞き出せるかもしれない。沙樹はそう考えた。


「あたしが役に立てるようなことなの?」


『ああ、もちろんさ。頼りにしてるぜ。じゃあ、明日よろしく』


 哲哉はそう言い残すと、電話を切った。



 当然のようにその日も、ワタルからの連絡は入らないまま一日が終わった。


   ☆   ☆   ☆


 翌日の夕方は、オーバー・ザ・レインボウのメンバーによるラジオ番組『虹の彼方に』の収録があった。


 ワタルの話題こそ出なかったものの、現場にはピリピリとした空気が漂っている。

 芸能レポーターが局の駐車場で待っていた、とマネージャーがぼやいている。それを聞いた沙樹は、息苦しさと申し訳なさを感じながら仕事にのぞんだ。


 だがDJを務める哲哉と弘樹ひろきは、そんな雰囲気を微塵みじんも感じさせず、笑いを誘いながら楽しいトークを広げている。

 ワタルの話題をうまく避けているが、リスナーはほとんど気づかないだろう。彼らが見せるプロの姿が頼もしい。


 ならば――。

 ワタルが消したのも、プロとして必要な行動なのだろうか。

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