第8話 (三)

 沙樹の午後の仕事は、十五時からの生番組だ。

 三十分前から入るリクエストやメッセージをチェックして、面白そうなものをピックアップする。基本的にどんな曲でもOKの帯番組なので、幅広い年齢からのリクエストが集まる。


 今日のDJ槙原まきはらななこは、かっこ良くてかわいいものが好きだ。

 なので、沙樹は彼女の好みに沿うようなメッセージを選ぶ。リスナーの熱い想いが伝わるメッセージを読むのは、沙樹の楽しみでもあった。


 だが今日はワタルの件で頭がいっぱいになり、お便りの内容が頭に入らない。


 さっきはスタッフに渡す飲み物を準備し忘れるわ、台本をデスクにおき忘れるわで、普段ならやらないミスを重ねている。

 放送事故につながらなかったのが、不幸中の幸いだ。


 自分の失敗で自己嫌悪におちいっている。

 そんな状態なのに、オンエア中の曲は浅倉梢の歌で、作詞作曲は北島ワタルというおまけつきだ。


「なにが熱愛報道よ」


「なんだって?」


 心の叫びが思わず出てしまい、沙樹は和泉のいぶかしげな視線を浴びた。


「な、なんでもないです。和泉さんが気にするようなことじゃありませんってば」


 沙樹は右手をふり、作り笑顔でごまかす。


「おまえさん、今日はなんだか変だぞ。ミスも多いし。何かあったか?」


「そうよ。具合悪いんじゃない?」


 曲の途中で、DJブースにいるななこにまで声をかけられた。


「大丈夫、なんでもないです。ほら、こんなに元気ですよ」


 沙樹は腕まくりして力こぶを作るポーズをとった。無理して笑っているのが自分でもよく解り、ますます気落ちする。

 何か言いたげな和泉を無視し、PCで季節にあうようなメッセージを探していると、続いて流れてきた曲のイントロに沙樹の口元がゆがんだ。


『次はメールでいただいたリクエストです。曲はオーバー・ザ・レインボウの……』


 熱愛報道に影響されたスタッフが、意図的に二つの曲を連続させたのかと思った。

 ひねくれた発想に自己嫌悪を覚え、沙樹の気分はさらに沈む。

 PCの横には写真週刊誌が広げられている。裕美が放置していったので、仕方なく持ってきたものだ。


「西田が写真週刊誌を読むとはね。小川みたいだな」


 和泉が珍しそうにページをのぞき込んだ。


「北島くんと浅倉さんの件か。女性週刊誌にスポーツ新聞、芸能部門のトップニュースになっているそうだぞ」


「本当ですか?」


 芸能ニュースに興味のない沙樹は、テレビやネットで流れていても真剣に見ることがない。


「一誌のスクープじゃなくて、スポーツ紙や週刊誌が一斉いっせいに報道しているから、各社にリークがあったんじゃねえかな」


 和泉は腕組みをし、沙樹の横に座った。


「おまえさん、彼らの番組を担当してたな。身近なミュージシャンが報道されて気になるかもしれないが、本人に真相を訊くなんて真似まねつつしめよ。

 いや、西田がそんなことしないのは解っているさ。おれたちの仕事は音楽を届けることで、芸能ネタを報道することじゃない。

 仕事とプライベートは別もの。どうでもいいんだよ」


 和泉はゴミ箱に週刊誌を放り込んだ。


「ただし、本当にめでたいときは祝福することも忘れずにな」


「祝福……ですか」


 もちろん和泉も沙樹とワタルのことを知らない。悪意がないだけに、最後の言葉はかなりこたえた。


「沙樹ちゃん、CMあけたらこのメッセージから入るね。曲はクロスロードの……」


 ななこの指示に沙樹は元気よく返事をし、曲の準備を始めた。

 仕事に没頭することで、ワタルと浅倉梢の報道を忘れようと努めた。


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