第7話 (二)

 沙樹はバンドメンバーと同じ大学の出身で、学生時代から交流がある。だが、そのことは局内で公表していない。

 メンバーのひとりとつきあっているのはトップシークレットだ。


「先週、浅倉梢がゲストだったでしょ。ふたりに漂う微妙な気配はなかった?」


「北島さんはともかく、浅倉さんは子役出身だよ。つきあっていたとしても、何もないふりするくらいお手のものじゃない。その前にこの記事、どこまで信じられるの?」


 最後のセリフは、自分に言い聞かせるためのものだ。


「そこのところを次の収録のとき、ワタルに訊いてよ」


「いやだよ、そんなの」


「そこをなんとかできない? 沙樹大明神様」


 裕美は両手を合わせて沙樹をおがみ倒した。


 仕事中に芸能レポーターのまねごとをしたことがバレたら、上司の和泉いずみに大目玉を食らう。だが事情を説明したところで、裕美は納得しない。

 沙樹はあきらめさせる方法を考えながら、タブレットで収録スケジュールを確認した。


明後日あさって得能とくのうさんと清水しみずさんの担当ね。北島さんの出演は……しばらくないよ」


「ええっ、そうなの? 残念」


 裕美は口をとがらしたものの、それ以上は無理を言わなかった。


「でもショック。こんなことになるんだったら、もっと早いうちに沙樹にお願いして、ワタルに紹介してもらうんだった」


 裕美はテーブルに突っ伏してつぶやいた。


「和泉さんが許してくれたら、今度収録に来たときに紹介できるかも……」


「だめっ。今となってはもう遅いの」


 裕美は勢いよく体を起こし、野心むき出しの目で沙樹を見る。

 沙樹は迫力に負けて、椅子の背もたれに体をあずけた。


「あたしには目標があったの。TV局でもFM局でもいいから入社して、ミュージシャンとお近づきになるの。でもって恋愛に発展させて、いずれは結婚、寿退社! ワタルもその候補に入ってたのにっ」


 沙樹はタブレット専用のペンを、テーブルの上に落とした。

 裕美の気持ちは解るが、立場上ご法度はっとではないか。仕事はお見合いパーティーの会場ではない。


 だが局アナと芸能人やスポーツ選手の結婚話はよくある。裕美の野望も的外まとはずれとは言い切れない。

 それに、アマチュア時代からとはいえ、ワタルとつきあっている沙樹に批判する資格はなかった。


「よしっ、こうなったら次の目標に向かって進むだけよ!」


「はいはい。で、その目標は?」


哲哉てつやにしようかな。彼も好みのタイプなのよね」


 さっきまでの怒りと嘆きが嘘のように、裕美は両手を胸の前で組み、目をキラキラと輝かせた。立ち直りの早さは裕美の長所だ。


 沙樹は嫌でも週刊誌に目が吸い寄せられた。

 こんなのはただの噂話だと解っている。それなのに『北島ワタルと浅倉梢の熱愛』に冷静でいられない。


 不鮮明な写真だが、シルエットはワタルに間違いない。うち一枚は、ワタルのマンション前で浅倉梢がタクシーに乗ろうとしているものだ。

 服装から判断すると、夏に撮られたものだろう。


 ワタルとのすれ違いが始まったころに重なる。


 コンサートツアーの影響で会えない時期だった。仕事で地方に行くことも増えるため、一緒に過ごす時間が取れないのも、今に始まったことではない。

 沙樹にとってはしごく当たり前のことだった。


 心臓がドクンと大きく脈打つ。

 報道の信憑性しんぴょうせいが一気に高まった。


 沙樹は顔を左右にふり、記事から逃れようと窓の外に顔を向けた。

 気持ちのいい秋晴れだった空に浮かぶ厚い雲は、強い風に流されて目まぐるしく天候を変化させている。

 木枯らしが強く吹き荒れ、街路樹の葉をざわめかせているだろう。

 


 秋は過ぎ去り、季節は冬に移ろうとしていた。


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