第2話 (二)

 エアリムジンは市街地のターミナルに着き、沙樹はそばにあるホテルのカフェに入った。

 晩秋の一日は短く、西日が差し込んでいる。窓際に備えられたカウンター席に座りラテを飲みながら一息つく。


 首と肩を軽くまわして体をほぐした途端、沙樹は空腹感を覚えた。

 心労が重なって一週間近く食事が喉を通らなかった。希望が見えた昨夜になって戻った食欲は、前途多難な旅の中でも姿を消していない。


 ネットで手ごろな店を探したところ、裏通りにあるボディ&ソウルという店が目についた。生演奏をBGMに食事を取るスタイルで、レストランと呼ぶ方がふさわしい規模だ。

 それでもライブハウスを名乗っているのは、地元で活躍する実力派のバンドが多く出演しているためらしい。

 職業柄こういう店には興味がある。名前から想像するに、ジャズやアメリカン・スタンダードがメインかもしれない。沙樹はラテを飲み干すと、カフェを出て、店に行った。


 やや重めの扉を開けて、店内を観察する。予想どおり食事中心で音楽はBGMあつかいで、加えてカップルやグループが中心の高級レストラン風。

 ライブハウスという看板をかかげているのが不思議だ。


「ひとりで来るような店じゃなかったのね」


 場違いだったと悟り、引き返そうと扉に戻りかけたときだ。

 耳に飛び込んできたボーカルが沙樹の動きを止めた。


 透明感のあるテノールが繊細せんさいに響いて沙樹を優しく包んだ。

 ガラス細工を扱うように言葉ひとつひとつを丁寧に歌っている。

 感情をことさらぶつけるのではなく、淡々と歌うことで聴き手に想像をゆだねるという表現方法だ。


 ほんの数フレーズで沙樹は心をとらえられた。荒削りゆえに、即戦力はないにしても、努力次第でプロとしてやっていけそうだ。


 最前列の右端が空席だったのでそこに案内してもらい、沙樹はバンドをチェックした。

 ギター、ベース、ドラム、キーボードの四人編成で、ギターがボーカルを兼ねている。人数構成も適度だし、ボーカル以外の演奏も安定している。

 アマチュアとはいえ、このレベルのバンドがBGMを演奏しているのなら、ライブハウスという看板もいつわりではなさそうだ。


 アコースティックギターのソロで弾き語りが始まった。安定感のある演奏は、なぜだろう、沙樹の胸にどこか懐かしさを感じさせる。


 ボーカルは二十歳前後の青年で、さわやかな印象があり、若い女の子にも支持されそうだ。

 背はそれほど高くないが、マイナスにはならない。

 沙樹は目を閉じて、スカウトマンの日下部くさかべならどのような評価をくだすだろうと考えながら、彼らの演奏に耳を傾けた。


 曲は有名なバンドのコピーだろうか。聞き覚えがあるような気がするが思い出せない。それともプロの影響を受けすぎているオリジナルだろうか。

 ならば個性の獲得が課題だ。


 ひたむきに活動するアマチュアバンドが、沙樹の思い出を呼び起こす。

 数日前までは優しかったそれが、今は胸の奥に暗い影を落としていた。

 息苦しさを覚えて胸に手をあてながら見ていると、ボーカルの青年が沙樹のいるあたりに顔をむけ、わずかの時間動きを止めた。


 唐突に目が合ったような気がして心臓が激しく音を立てる。

 あわてて視線を外し、冷えた水を口にすると、胸の高まりが鎮まった。


「ありがとうございましたっ!」


 演奏が終了と同時にあちこちから歓声がとぶ。バンドメンバーは深々と会釈し、手をふりながら退場した。


 若干の動揺はあったものの、おいしい料理と生演奏のおかげでリラックスできた。

 食事と音楽は今の沙樹に必要なものなのだろう。

 食後のコーヒーを飲みながら、沙樹はスマートフォンでこの地域について検索し、このあとの行動を考え始めた。


「とりあえずホテルに行って……あっ」


 今にして宿泊場所の手配が抜けていることに気づいた。急遽きゅうきょ決まった旅とはいえ、忘れてはならない重要なことだ。


 秋の観光シーズンだから泊まれる宿はあるだろうか。

 ここで過ごすあいだネットカフェで寝泊まりする自分を想像し、力が抜ける。気力だけで行動している体にこれ以上の負担をかけたくはない。

 運を天に任せながら、予約できそうなホテルを探しているときだ。


「すみませーん、同席させてもらっていいですか?」

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