第4話 覚醒
彼は好青年で、僕と違って友人は多くいたはずだ。
だけど僕から見れば唯一の友人で……
と言っても、いつも会っていたわけではない。
学生時代は毎日顔を合わせていたが、社会人になってからは数か月に一度会うぐらいの関係。
それでも会う時間があれば僕に会いに来てくれたし、僕も彼に会いたかった。
そんな彼は言っていた。
「才能なんて関係ないさ。あんなものは努力をしない人間が堕落するために作った便利な言葉さ」
「便利な言葉?」
「ああ。だってそうだろ? 才能が無いと言っておけば頑張らなくたっていいんだから。頑張っている人たちに対しても、世の中に対しても才能を言い訳にすれば何もしなくてもいいという免罪符になる。結局そういうことなんだよ。何もしないのが悪ではないけれど、そういう生き方をしようとする人たちの言い訳にしか過ぎないのさ」
その言葉はとても痛かった。
ナイフを心に突き刺されたような、そんな痛みが走る。
実際僕も何もしないで生きていた。
努力せず堕落して……でもそんな僕を彼は見捨てるようなことはしなかったんだ。
客観的に見れば彼は才能というものに恵まれていなかったと思う。
彼はボクシングをやっていたのだけれど、中学の時は周囲からバカにされ、高校時代の部活動でも大した成績を上げることはなかった。
でもそれでも諦めるようなことはせず、ひたすら努力をしていた彼。
何度も崩れる石を積み上げていくように、何度も何度も挑戦を続けていた。
そして大学の時に彼の努力は実り、開花し始める。
成績がドンドン良くなり、大会で優勝できるようになっていく。
その後彼はとうとうオリンピックに出るような選手となり……金メダルを獲得することとなったのだ。
中学時代からの友人が金メダルを取ったのは衝撃と感動と歓喜が同時に襲い掛かる素晴らしい体験であった。
自分のことのように嬉しかったし、本当に泣いて喜んだ。
その後のこともよく覚えている。
中学時代に彼をバカにしたジムの人も、高校時代の監督も、こぞって彼を褒め称えた。
ただ一言『天才』だと。
「なあレイン」
「ん、ん?」
意識が現実に引き戻される。
眼前に広がる町の風景。
隣では真剣な顔をしているウェイブがいる。
「俺はこの世界を変えたい。才能なんて関係ない……そんな世の中を創りたいんだ」
「ウェイブ……」
才能なんて関係ない……才能が無かった彼が努力を続け、世界の頂点に立った。
もしかしたら才能なんて言葉に、僕は、僕たちは惑わされているだけなのかもしれない。
でも、この世界ではそれがしっかりとした数字として表れてしまっている。
僕の能力は全てがF。
これ以上ないほどの最底辺。
最低最悪のステータスだ。
それはどうしようもない事実だというのに……ウェイブの真っ直ぐな瞳と彼の言葉が、僕の心を揺り動かす。
抗え。
自分の置かれた環境に抗え、と。
「世界が間違っているなら、世界を正すしかない。奴隷としての未来しかないなら、自分が正しく生きて行けるように道を切り開くしかないんだよ」
「……そうかもしれないね」
僕の胸が熱くなる。
もし……もしも、才能なんて関係ないのなら。
あんな数字がもし間違っているとしたのなら。
自分の定められた未来を変えることができるのなら。
そんな希望が溢れ、燃え上がり、僕を突き動かそうとしている。
「才能なんて関係ない……僕たちは僕たちの未来を創れるのかもしれない」
「ああ。きっとそうなんだ。俺たち人間には、無限の可能性が秘められているんだ!」
僕は目の前にいる七歳の少年に関心し、尊敬の念を抱く。
こんな歳だというのに、僕は彼に励まされている。
無限の可能性という言葉はベルナデットの言葉ではあるけれど、その言葉の本質をウェイブは掴んでいるような気がする。
そしてそんな可能性を信じ始めている僕がいた。
才能がなんだ。
才能が全てだからなんだというんだ。
彼は才能という言葉を覆し、『天才』と呼ばれていた。
あれだけの努力を天才と言う言葉だけにまとめられるのは、どんな気分だったのだろうか。
人は見たいようにしか世の中を見ていない証拠だと思う。
血の滲むような努力を見ようとせず、その結果だけにスポットライトを当てる。
なら、この世界でもそうなのかも知れない。
才能だけが本当に全てなのだろうか。
それは本当に正しいことなのだろうか。
今はまだそれを否定することも肯定することもできない。
だって僕はまだ何も成し遂げていないし、何も努力していないのだから。
だから、立ち上がるんだ。
この世界の
彼が天才と呼ばれたように――才能を超えるんだ。
僕は確かにそう決断した。
そう決断した瞬間であった。
「っ!?」
「どうしたんだ、レイン?」
頭に鋭い痛みが駆け巡る。
まるで大量の血液が送られ、破裂するかのようだ。
頭の中でドクンドクンと血液の流れが聞こえる。
だが徐々にそれは治まり、代わりに聞き覚えの無い声が
『【ユニークスキル】、【アドバイザー】に覚醒しました』
「え……ええっ!? なんだこの声は……」
「おいおい……大丈夫か、レイン」
突然聞こえて来た女性のような声。
僕はそれに戸惑うばかりであった。
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