第3話 ウェイブとの会話

「なあレイン……こんな世の中間違ってるよな」


「うん。間違ってる。でも大多数の人が正解だと言えば正解なんだよ」


「なんだよそれ……狂ってるな」


「狂い過ぎて何が狂ってるのかも分かってないんじゃないかな」


 僕らは町を取り囲む壁に上り、貴族地域の方を眺めていた。

 明るく闊歩する平民たちの向こう、そこもまた壁に囲まれており中は見えない。

 平民たちが住んでいる場所よりも豪華だという話は聞いたことがある。

 だけど中には入ったこともない。

 あちら側の壁に上って眺めてみたいものだが、平民と貴族の地域だ。

 間違いなく死刑ものであろう。

 さすがに命を懸けてまで上りたいとは思わない。


 平民たちを見下ろし、ウェイブは顔をしかめる。


「少しばかり能力が高いってだけであんな生活をして……俺たちを好き勝手やってさ。なんでそんなことが許されるんだ」


「それが許される世の中だからさ」


「許される世の中なら何をやってもいいのかよ……まぁいいからやってるんだろうけどさ」


 ウェイブは平民地域、そして貴族地域を睨みながら続ける。


「やっぱり間違ってる。この世の中全てが間違ってる。ベルナデットはもっと幸せになるなるべきなんだ。あんないい人なのに能力が低いってだけで最低な生活をさせられてさ……」


「…………」


 町の東側には大きな田畑が見える。

 そこで『奴隷』と呼ばれる人たちは貴族、平民たちのために必死に作物を育てている。

 農作業だけでなく、力仕事や平民や貴族の身の回りの世話をしたりなど、とにかく平民以上の人々のために働かなければならない。

 それが能力が低く生まれた者の使命。


 田畑で働く人たちを見て、あれが自分の将来なのかと陰鬱な気分になる。


「ベルナデット……子供が生めない体なのは知ってるか?」


「うん……シスターとして働く人は皆そうらしいからね。子供を生めない代わりに、奴隷となる子供たちを育てる役目を押し付けられるって聞いたことがある」


 奴隷認定された男は、僕たちのようにシスターに面倒を見てもらい、ある程度仕事ができる年齢になると奴隷として働きに出される。

 だから僕たちが育てられている施設は『奴隷育成所』なんて揶揄されているのだ。


 奴隷育成所で育てられている奴隷予備軍。

 それが僕たちなのだ。


 そして能力の低い女性は町の北にある奴隷地域――そこにある教会で生活を送っている。

 将来子供を産むため、変な虫がつかないように教会で管理されているようだ。


 平民もそうだが、特に貴族は子供を多く残すために多くの女性を欲している。

 正妻とは別に奴隷を自分の身近に置いておき、そして次々に子供を産ませているようだ。

 

 大量に生ませた子供の中から、能力の高い者を後継者に、能力の低い者はまるでゴミを捨てるかのように手放してしまう。

 その中の一人が僕であったりウェイブであったり……

 もしかしたらヨワキムもその一人なのかも知れない。


「お前は、すげー綺麗な顔をしているから、どこか偉い人間の子供かも知れないな」


「そんなの関係無いよ。だってここは能力が一番大事なんだから……」


 容姿に優れている女性のそのほとんどが貴族の元へに買われることとなる。

 やはり綺麗な女性と関係を持ちたいというのは本能からくるものであろう……平民には容姿が平均的、あるいは平均より劣る女性が多い。

 貴族落ちなんて言われている人は容姿に優れている人もいるにはいるが、まぁ結局は能力次第であろう。


 そして僕はありがたいことに容姿に優れている。

 だから僕も貴族落ちの可能性が高い。

 ウェイブはそんな話をしているのだ。


 僕は首から下げている獅子の首飾りをギュッと握り締める。

 これは僕が引き取られた時から付けていた物で、父親か母親が与えてくれたものであろうと言われている。

 だからなんということはない。

 だってもう父親も母親も関係ないからだ。

 たとえ両親が貴族であったとしても、能力が低いのだからそんなことはもう関係ない。

 全ては能力。能力こそが全てなのだ。


「案外レインは、貴族の女の人に買われるかもな」


「そんな……」


 汗水たらして働くよりはマシか……?

 でもその屋敷でこき使われるのは目に見えている。

 例え貴族の元に行くことになったとしてもいい事なんて一つもなさそうだ。


「レイン……俺、こんな世界は大っ嫌いだ」


「僕だって大嫌いだ……でも好き好んでこんな世界に生まれたわけではないけれど、この世界で生きて行かないといけないんだよ」


「好き好んでこんな環境に身を任せる……そんな生き方でいいと思うか?」


「良くない悪いじゃないよ。それが当たり前なんだよ」


「当たり前……でも俺は、そんな当たり前をぶっ壊したいと思っている」


「ウェイブ……?」


 ウェイブは憎悪に満ちた瞳で町の様子を見下ろしている。 

 その迫力に僕は息を呑み、彼が続きを話すのを待っていた。


「こんな間違ったことが当たり前の世界を、俺はなんとか壊したいって考えてるんだ」


「……無理だよ。だって僕らは能力が低い。才能が無いんだよ」


「才能がないから諦めるのか? お前は……皆はそれで納得してるのか?」


「…………」


 ウェイブの真剣な顔に、僕は前世での友人のことを思い出していた。


『才能なんて関係ないさ』

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