第40話

「三ウエイにして、低音がドスンドスンか・・・」

 一道はため息をついた。これまでもそうだったが、彼は神津にいろいろと文句を言いながらも、大抵、言う通り製品を作りあげている。今回もそうしょうとしている。それは、中学を卒業して以来、長年を勤めていることに対する恩返しの気持ちからでもあったが、何かを作る時、無理ではないかと思われるようなものをあれこれと考えて、試行錯誤しながら作ってゆくことが楽しかったからでもある。

「低音をドスンドスンというのは91型では無理だなあ」

「そうですね。シングルですから7ワットほどの出力です。とても腹に響くような音圧にはならないでしょう。他の大出力の出る真空管を使えばできますが、300Bのような高音質は期待できません。やはり300Bは使用した方がよいと思います」

 桜井はこういう課題はゲーム感覚のように解決の糸口を探し当てる。

「出力を上げるためにはプッシュプルにしてB級動作に近づければ十分な出力が得られます。それに歪率やダンピングファクターは向上します。さらに、ハム音などは打ち消されて残留雑音はシングルよりもはるかに少なくなります。さらに信号の大小に合わせて消費電力が変化しますので、発熱の点でも有利です。数値上はシングルよりもはるかに優れた回路であるといえます」

「だが、プッシュプルというのは何かよく分からないが、音を上下に分けてそれぞれを別個に増幅してまた合わせるというやつか。どうも胡散臭いなぁ。音を原音から一度切り離すと、完全には元に戻らないだろうから良い音が出るとは思えないが・・・」

 一道は乗り気でないようすだ。

「でも一度、簡単な回路ですから、試してみてもいいですね。出力トランスさえ巻きなおせば、配線は一時間もかからないくらいです」

「そうか、桜井君が言うのだったら作ってみようか」

 出力トランスのコアの大きさはプッシュプル用に余分に巻いたとしても余裕のあるものだった。それで一道は一次巻き線だけ二重にして簡単に完成させた。

「とりあえず、A級でもいいですから、手っ取り早くプッシュプルの音を出してみましょう」

 こう言って桜井は91型シングルステレオアンプをそのまま使って、6D6の入力の前に三極管でPK分割させて、それぞれを両チャンネルの別のアンプに入力させ、プッシュプル用の一つのトランスに接続した。

「これでは、出力はシングルの二倍位ですが、とにかくプッシュプルの音を聞いてみましょうか。もし、よければドライバー段を設計し直せば簡単にB級にすることができますから」

 二人は、手際よくスピーカーとCDプレーヤーをつなぐ。そして例のごとく懐メロCDをかけてボリュームを上げる。十分すぎるほどの音量がスピーカーから流れ出る。

 二人はしばらくの間、何も言わずにプッシュプルの音を聞いていた。

「おかしいなあ。不思議だなあ。全く同じ300Bシングルアンプを二つくっつけただけなのに音が違う。どうしてだろう」

「そうですねえ、明らかに音質に違いがありますねぇ」

 二人ともプッシュプルの音質に対して同じ意見だった。

「これじゃ、普通の音になってしまった。シングルの時の音は特別に良い音だった。ところがプッシュプルにしてしまうと、どこにでもあるような音になってしまうなあ。ただ大きな音がするだけだ」

「ええ、おそらくこのプッシュプルのアンプの特性を調べれば、シングルよりも良くなっているのは間違いないと思いますが、しかし、実際に聞いてみると、シングルの時の方がはるかに優れた音質です。やはり、特性の数値と実際の音質とはほとんど関係がないということですね」

「結局、音には小細工を施すべきではないな。プッシュプルはやめよう。低音もシングルで考えていこう」

「そうですねえ。そうしましょう」

 二人の意見は一致した。そうなるとシングルで高出力の出る真空管を捜さなければならなかった。それにかなうものは比較的新しい五極管やビーム管の中にはあった。四種類ほどの真空管を取り寄せて、それぞれ、五極管接続、ウルトラリニヤ接続、三極管接続と製作をして音を聞いてみた。

「結局、五極管として作られた真空管は接続方法を変えたとしても、音はやはり五極管臭くてだめだ。単純な構造の直熱三極管が一番いい。そうすると出力が落ちて適当な球がないが・・・」

 一道は不満そうに言う。

「・・・というよりも、これらの、効率が良く高出力で小型の真空管は、古い三極管の音から半導体のような数値上優れた音が出るように考えられて製造されたものだと思います。真空管の本来の音の良さが忘れられています。逆に言えば、半導体が主流になれば、忘れ去られる運命にあるものだったといえます」

 桜井は納得顔になっている。

「真空管らしくない真空管の音というところかな。そうすると、低音ドンドンは古い三極管では無理なのかなあ」

「そうですねえ。もちろん、B電圧を非常に高くして駆動すれば高出力の出る三極管はありますが、実用的ではありません」

 二人はしばらくあれこれと思案していた。

「やはり、パラシングルでいきましょうか」

 桜井が忘れていたことを思い出したように言った。

「そうだったなあ、6ZP1もパラシングルにしていたな。出力を上げるには音質を悪くしないパラがいちばんいいなあ。このステレオの91型アンプを利用すればすぐにモノのパラシングルに変更できる」

「このままだとOPTの電流オーバーが少し心配ですが、実験的には充分、耐えられますからやってみましょう」

 二人とも元気になってくる。そして手際よく配線をしなおしてパラ接続にした。

 それから、いつもの懐メロCDを流してみた。アッテネーターを上げると、ボイスコイルが焼け切れるのではないかと思えるほどの迫力のある音がスピーカーから響いてきた。それなのに全くうるささが感じられない。三極管の良さが見事に出ていた。

「これでいい。この音なら十分だ」

 一道がスピーカーの音に合わせるような大きな声を出した。

「いいですねぇ。これなら大きい口径のスピーカーにつなげばドスンドスンと響いてきますよ」

 桜井も元気よく言った。

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