第27話
一道と有沢の結婚を最も積極的に進め始めたのは社長の神津だった。しばしば、仕事の終わった後に二人を呼んでは、結婚の段取りを相談した。
一道は早速、愛媛の母親のところへ婚約の連絡をした。民代は子供の中でいちばん苦労をさせ婚期も遅れたのが一道だったので、結婚相手が見つかったことを非常に喜んだ。
「結婚式は、金の無駄遣いになるのでする気はない」と一道が言うと民代も、
「消えてしまうような金の使い方をするんだったら、鍋の一つでも買った方が賢い」と賛成してくれた。
「結婚式はやらない」と神津に言うと、急に顔をゆがめて怒りだした。
「それはだめだ。絶対にいけないぞ。おそらく人生に一度しかない結婚式をやらないというのはもってのほかだ。亡くなったお父さんも結婚式をすることを喜ぶはずだ。お母さんには私がちゃんと話をしてやるから。すぐにでも結婚式の式場の予約に行こう」
神津は強硬に結婚式を進める方向で動いた。民代へは神津がすぐに電話をして、結婚式をやることと参加することを納得させた。
結婚式の段取りが進むにつれて、神津は一道や有沢の意向を無視して、結婚式の日取りや式場などを勝手に決めていった。一道が何よりも驚いたのは予約した式場の広さだった。一道側の出席できそうな親戚縁者は母親と二人の弟妹くらいだ。有沢の実家へは一度あいさつに行ったが、岐阜県の下呂温泉から更に山あいに入った所で、こちらも親しい親戚は少なかった。一道や有沢自身の友人も人付き合いの苦手な二人だったので工場関係者以外はほとんどいなかった。
「こんな大きな式場はいらない」
一道が神津に文句を言うと、
「一生涯に一度の思い出たぞ。貧相なものをやって、親戚縁者に恥じをかかせてはいけない。それに、社長としての俺の力量も試されているのだ。盛大にやろるに越したことはない」と言って一歩も退かなかった。そして、披露宴の出席者に会社の取引業者や同業者の者たちを次々に加えていった。結果的に、一道が全く知らない参加者が多数になった。さらに、司会や式次第までも神津が勝手に決めていった。
いつの間にか神津が仲人になっていた。いろいろな書類や案内状などにも自分と妻の里江をを仲人にして印刷させていた。未だ、一道は正式に神津夫婦に仲人を依頼したこともなければ、神津の方から、仲人をしてやる、と言われたこともなかった。神津は自分が仲人をやるのは初めから当然のことだと思っているようだった。そのくせ、遠いからという理由で、新郎新婦の実家に挨拶に行くことは簡単に断った。結婚式当日だけ仲人の役割をするつもりらしかった。
結婚式の当日は、一道の希望とは逆に非常に豪華なものになった。ただ、新郎新婦と人間関係の無いものが多かったので、主役が誰か分からないような披露宴となった。仲人の神津はすこぶる機嫌が良く、あいさつの時には、滔々と長い時間をかけて得意気にしゃべった。いつものごとく聞いている者が退屈することにはおかまいなしだった。
様々な会社関係のあいさつが続くうちに、カミツ工業株式会社の順番になった時だった。
「続きまして、新郎の勤務先であり、お仲人様の会社でありますカミツ工業株式会社、次期代表取締役社長、神津毅様よりご挨拶を頂戴いたします」
司会がこのように言うと、会場内にざわめきが起こった。度のきつそうな眼鏡を掛けて神経質な顔をした長男の毅が緊張した顔でマイクの前に立った。一道が集団就職して来た時にはまだ小学生で、すぐに泣くひ弱な子供だった。それが二年ほど前に大学を卒業して、時々工場にも顔を出していた。神津夫婦がやせ形なので、その体形に似ているが、顔は年齢からすればはるかに老けて見える。
毅は父親と同じように、言っても言わなくてもいいようなことをだらだらとしゃべった。それなのに、業者からは大きな拍手が起こった。
飲み食いが始まると、神津は仲人の席から離れて、長男を連れて、業者の席のところに挨拶回りをする。この様子を見て一道は、どうして神津が大人数の盛大な披露宴にしたかったのかが分かったと思った。神津は、披露宴を新郎新婦の祝いではなく、長男の社長就任式の予告代わりに使おうとしたのだ。一道のうれしそうな顔が急に不機嫌そうになり、頬がピクピクと動いた。
披露宴はその後は新郎新婦そっちのけの業者対抗のカラオケ大会のようなものになって終わった。せっかく来てくれていた一道の母親や弟妹もあまり満足そうな顔をしないままそれぞれ帰って行った。
新婚旅行から帰って来てから一道は神津にかみついた。
「俺たちの結婚式を社長交代式に利用したな。費用の半額を出せ。うまいこと都合のいいように使っておいて、全額を俺に出させるのか」
結婚式の費用は彼がこつこつと貯めてきた貯金のほとんど全部に等しかった。神津はなんだかんだと言い逃れて払おうとはしなかったが、一道が顔を合わす度に文句を言うので、仕方がなく一ヶ月ほどして費用の三分の一を一道に渡した。
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