第22話

 中学になってから彼はすぐに新聞配達を始めた。父親の心臓病は、医者から悪くなることはあっても良くなることはないと言われた通り、少しずつ機能が落ちてきているようだった。今までそれほど大変そうな様子を見せなかったは動作にも、大きく息切れをしたり、しばらく休まなければ次の動きができなくなっていた。船に乗っての手伝いも動悸がして無理になってきたので、陸での仕事に回されていた。もらえる金はますます少なくなっていた。子供の小遣いが両親の給料から出てくる余裕は全くなくなった。

 一道の新聞配達の給料が、自分と弟妹の小遣いの出所になった。さらに家計の助けにもしなければならなかったので、月々、一道が自由に使える金額はわずかなものだった。それでも、月々のラジオ雑誌は欠かさず買った。そして、電気ハンダごてとハンドドリルだけはどうにか買うことができた。テスターが欲しくてたまらなかったがとても買える金額ではなかった。しかしとりあえずこの二つの道具があれば、たいていの作業をこなすことができた。

 電池管式のラジオを作った後、彼はB電池の消耗の心配のない、家庭用の百ボルトの電源を使ったラジオを作ることにした。雑誌に出てくるさまざまな回路図の中で、いわば、電池管式のラジオの電池の部分を電源トランスと整流装置で働かせるものを選んだ。それなら失敗せずに作れると思ったからだ。

 拾ってきたラジオの中から、電源トランスの付いた適当なシャーシーを選ぶ。トランスが生きているかどうかは電源につないで、それぞれの出力の両端を瞬間的にショートさせることによって出てくる火花で確認した。二百ボルト以上あるB電源などはショートさせたままにしているとあっという間にトランスに巻いている細いエナメル線が焼け切れたので、特に気をつけながらショートさせた。この試験で分かったのは、捨てられていたラジオのほとんどの電源トランスは生きているということだった。それ以外のさまざまな部品も、たいていは使用可能なものだった。故障している箇所はわずかの部分で、少し修理すれば十分に使用できるものが多かった。

 アンテナコイル、バリコン、真空管ソケットなどもそのまま使えばよかった。検波部分の配線は電池管式と同じで、バリコンから6C6の頭の第1グリッドへ抵抗とコンデンサーを通して接続すればよかった。新しい回路は電源部分だった。しかし、この部分も雑誌に載っている実体配線図を見れば簡単だった。一道は実体配線図が好きだった。それは電気回路の配線というよりもむしろ好きな絵を見るようなものだった。いつまで見ていても楽しくて飽きることはなかった。

 ハンダ付けは電気ハンダごてを購入してからは七輪に炭をおこして焼く必要もなく全く苦労はなかった。苦労がないどころか、半田ごての先の部分でハンダが溶けるのが何とも言えぬ心地良さだった。また、ペーストの焼けるにおいは、どんな香水よりも彼の嗅覚を満足させた。

 彼は短時間で三球式のラジオを組み立てた。アンテナとアースには自慢の屋根の上と地中深くから引いた配線を接続した。クリスタルレシーバーを耳に入れて電源を入れた。かすかに電源トランスのうなり音が響いて、真空管のフィラメントが徐々に赤くなっていった。それにつれて異様に胸が高なった。一道は耳に神経を集中して、ゆっくりとバリコンのダイヤルを回した。するとすぐに驚くほど大きな音で放送が飛び込んできた。

「すごい。電池管よりもはるかに大きな音がする」

 一道は弟のためにもう一個レシーバーをつけてやった。弟の秀一も音量の豊かさに目を大きく見開いた。この日は夜遅くまで兄弟でラジオを聴き続けていた。

 三球式ラジオの音量はアンテナとアースがしっかりしていたので大きくて、レシーバーを耳の中へ入れなくても周囲が静かであれば音が出ているのがわかるほどだった。これに目をつけた一道は、クリスタルレシーバーの、耳の中に入れる透明のプラスチックの部分を取り去って、代わりに、厚手の画用紙をスピーカーのコーンのように丸めて作り、レシーバーの振動端子に接着剤でくっつけた。そうすると独特の雰囲気のする音が、十分に内容の理解できる音量で聞こえてきた。この音に一道はたいへん気に入り、学校から帰ると寝るまでいつもラジオをつけっ放ししていた。

 雑誌の記事を参考にして次に彼が作ったのは低周波増幅回路だった。それはイヤホンのところに6ZP1の真空管のグリッドを接続して、プレートから直接マグネチックスピーカーに接続するだけでよかった。マグネチックスピーカーはU字型磁石の間にコイルを置き、その中に振動子を取り付けたものだった。そのコイルにはB電源を直接通せばよかった。いわばOTLだった。アウトプットトランス方式とOTL方式とどちらが古いのかといえば、OTL 方式の方がラジオのスピーカーについては早かったのだ。

 この電力増幅一段だけのラジオもよく鳴った。自作のクリスタルイヤホンスピーカーも面白い音だったが、マグネチックスピーカーから聞こえてくる音は十分に実用になるものだった。

 彼が次に付け加えた回路は高周波増幅回路だった。この回路図や製作方法も雑誌にはさまざまな形で記事になっていた。一道は拾ってきたラジオの中から検波コイルや二連バリコンや6D6の真空管を取り出してきて高周波増幅部分を付け加えた。記事の注意事項にあった、二個のコイルの干渉を防ぐようにシャーシーの上下に分離して作ると、これも短時間で完成した。

 一段の高周波増幅は一道にラジオの受信の楽しさを身に染みて教えてくれた。当時、近くにはNHKの電波中継所しかなかった。この地域で実用的に聞けるラジオ放送は、NHK第一と第二しかなかった。それも、並三や並四ラジオでは、アンテナの調子が良くないと雑音がずいぶん入ってきた。一道の作った高一ラジオは、昼間は地元のNHK以外はほとんど入らなかったが、夜間になると様相が変わった。アンテナとアースがしっかりしているためか、豊後水道を渡って九州の電波が入ってきた。さらにハングル語放送さえも波を持つようにではあるが聞こえた。それ以外にも中国地方の放送局や愛媛県庁所在地の松山市の中継所からの電波も入ってきた。はるかに離れたは土地からの電波が、いま目の前に来ているのかと思うと面白くて仕方がなく、一道と秀一は毎晩遅くまで、ラジオにしがみつくようにして聴き入っていた。そのため、早朝の新聞配達は眠くて仕方がなかったが、寝不足は授業中に居眠りをして解消していた。

 高一ラジオを完成させた自信で、彼は家に置いていたほとんど使えなくなっていたラジオの修理を始めた。

「どうせ、ほとんど壊れているからお前の好きなようにしたらいい」

 一道が修理をすると言ったとき、父親の亀三は期待する様子は全くなかった。息子の一道が裏の小屋でつぶれたラジオを集めてきては何かしているのは知っていたが、電気の知識が中学生にそんなにあるとは思っていなかった。

 家のラジオの回路は、彼が作ったものとほとんど同じだった。一道は同じ回路で修理をしたのでは面白くないと思った。それでまた、雑誌を見ながら面白い回路はないかと探した。その結果は、いろいろな記事の回路の一部をつなぎ合わせて修理することにした。

 高周波一段増幅はどの記事も大差はなかったのでそのまま使った。検波と低周波増幅については別の回路のものにした。検波管を6D6から6ZDH3Aに変えた。検波を6ZDH3Aの二極管部分でやらせ、三極管部分では電圧増幅をさせた。そして電力増幅管6ZP1はそのままにした。そして、スピーカーをマグネチックスピーカーより良い音がする、拾ってきていたパーマネントスピーカーに取り換えた。この頃はパーマネントスピーカーはマグネチックスピーカーの代わりに取り付けられたものだったからアウトプットトランスはスピーカー本体に取り付けられていた。一道は雑誌の記事で、「音質のよくなるアンプの回路」というのがあったのでそれを使ってみることにした。

 彼はスピーカーからアウトプットトランスを取り外してシャーシーの上に取り付けた。そしてボイスコイルの二次出力から6ZDH3Aのカソードに抵抗を通して負帰還をかけた。さらに、6ZP1の第二グリッドとプレートを直結して五極管よりも音の良い三極管接続にして配線した。

 彼はゆっくりと製作の楽しみを味わいながら完成させた。そしていつものおののきを感じながら電源を入れた。選局ダイヤルをNHKに合わせると音が出た。その音を聞いて、自分が製作したものながら一道は驚いた。素晴らしい音質だった。これほど豊かで温かみのある音は聴いたことがなかった。音楽にしろ、会話にしろ、放送内容に関係なく音そのものが快く感じられた。できるだけ大きな音で、できるだけ長い時間聞いていたい気持ちにさせるものだった。

「どうしてこんなきれいな音がするんだろう?」

 秀一もスピーカーに耳をくっつけるようにして聞いていた。

「やっぱり、三極管出力と負帰還の効果だろうなぁ」

 二人とも時が経つの忘れてラジオに聞き入った。このラジオを二人で親の居る部屋へ持って行って聞かせた。

「エェーッ!」

 両親ともに信じられないような顔をした。妹の弘子もぽかんと口を開けて聴いていた。

「一道にこんな能力があるとは思わなんだ。こんなに賢いのだったら高校に行かせてやりたいが・・・」

 秀一と弘子が顔を俯けた。それを見て一道が、

「いや、俺は高校なんかには行かないぜ。進学するより早よう、仕事をして金を稼ぎたい。その代り、弘子と秀一には俺が助けて高校に行かせてやる」と弟妹に言い聞かせるように言った。弘子と秀一が安心したように顔を上げた。

「すまんなあ」

 亀三がしょんぼりして言った。

 この高一ラジオは両親がたいへん気に入り、家にいるときにはほとんどつけっ放しにされるようになった。特に亀三も民代も以前から歌謡曲が好きで、時にはラジオから流れる歌に合わせて声を出して歌うこともあった。亀三の心臓の機能が徐々に落ちてくるにしたがって、仕事ができる時間が減ってきたので、その分、家にいる時間が長くなり歌謡曲が聞ける時間も長くなった。一道は授業のある日は家に帰ってから、休日など家にいるときはいつも歌番組が始まると、親の部屋から漏れてくる歌謡曲を耳にした。ラジオから曲が流れ出すと音量をいっぱいにするので、いやでも耳に入った。そのためか、中学生の彼も歌謡曲が大変に好きになった。特に両親が好きだった懐メロには心がひかれ、彼が生まれる前の歌などにも妙な懐かしさを感じるのだった。

 亀三がラジオに合わせて歌う『国境の町』などを聞くと、行ったこともない旧満州の雪深い雪原を鈴を鳴らしながら走る馬そりがありありと頭の中に浮かび上がり、何とも言えない寂しさを快く感じた。また、民代が「花も嵐も踏み越えて」と歌い出すと、詳しい歌詞の内容は分からないが、とにかくつらいことがあってもそれに負けずに頑張らなければならないのだという思いがした。

 その後、四球スーパーを作り、最終的に五球スーパーラジオまで作ったが、両親用の高一はもっとも音が聞きやすかったので、そのまま使っていた。

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