第21話
中継所のアンテナのそばでは、十分に満足できるような音で聴くことができたが、中継所を少し離れると、音はまた小さくなった。一道は中継所から離れても中継所で聞こえたような大きな音で聞きたいと思った。それで学校の図書館でラジオ関係の本を探して読んだ。しかし、どれも鉱石ラジオ程度のもので、彼の希望をかなえてくれるようなものはなかった。それで、鯆越には書店などはなかったので城辺町まで行き、ラジオ関係の雑誌を捜して立ち読みをした。そこには知りたい内容が豊富に書かれているものがあった。見ているうちに記事に引き込まれ、胸が高鳴るような思いがした。
その本はどうしても欲しかったが、値段を見ると今ある小遣いではとても買うことはできなかった。もともと、決まった金額の小遣いを定期的にもらえるような経済的な状況ではなかったので、自分で金を稼ぐしかないと思った。当時、村に鉄くずを買ってくれる人がいて、小学生などが拾ってきた金属片などにも金を出してくれた。これは一道にとってたいへんにありがたかった。親からはいつ小遣いがもらえるか分からないなかで、鉄くず集めは確実に現金を手に入れることができた。彼は結局、中学になって新聞配達をするまでに小学校の時から金属を集めるアルバイトを続けていたことになる。
一道は学校の授業が終わると、自転車であちらこちらと走り回りながら捨ててある金属を集めて回った。ほぼひと月ほど続けるとちょうど雑誌を一冊買えるくらいの金額になった。彼は急いで本屋へ行って目当てのラジオ関係の雑誌を買った。それを家で読み始めると時の経つのを忘れた。本の中は知りたい知識の宝の山だった。彼はその雑誌を始めから終わりまで何度も何度も読み返した。読むたびに頭の中に新しく作ろうとするラジオの構造が浮かんできた。
一道はこの雑誌で初めて真空管の存在を知った。家には高一のラジオはあったが、大きな雑音が出て放送はわずかにしか聞こえなかったので、台風が近づいた時とか、よほどのことがない限りスイッチを入れることはなかった。彼はそのラジオの中に真空管が入っていることも雑誌を読むまでは気がつかなかった。
雑誌の記事の中の一つに、特に目が引きつけられるラジオ制作があった。それは、彼が最も望んでいた屋外でレシーバーからラジオの音を大きく聴けるものだった。回路図を見ると実に簡単で、鉱石の代わりに、バリコンから抵抗とコンデンサーを並列にして真空管のグリッドにつなぎ、プレートには抵抗とコンデンサーをつなげばよかった。抵抗の一方はB電源に接続し、コンデンサーはイヤホンにつなぐようになっていた。電池管式の一球ラジオだった。
「なんとかこの真空管ラジオを作って、外で大きな音でラジオが聞きたい」
一道は一球式のラジオが作りたくていてもたってもいられなくなった。そのラジオの製作記事で使っていた真空管は1T4というものだった。城辺町のラジオ屋に値段を聞きに行くと、とても鉄くずを拾っただけの金では買える金額ではなかった。真空管を買う金がないとすれば、拾うしかないと思った。この時より一道と秀一は捨ててあるラジオを探しては家に持って帰ってきた。そして自転車で少しずつ遠いところまで行き、探す範囲を広げていった。そうすると、結構たくさんの捨てられているラジオを集めることができた。ちょうどトランスレスの五球スーパーラジオが出始めたころで、それまでのST管のラジオを買い替える時期だった。一道兄弟の小屋には次から次へと捨てられたラジオが持ち込まれた。こうして集められたつぶれたはラジオは、彼にとっては宝の山だった。
それらの中に電池管式の携帯ラジオが一個あった。その中に1T4があることを祈るような気持ちで裏ブタを外した。A、B電池は使えるかどうかは分からないがつけられたままだった。そして真空管は4球あるうちの二球は割れていた。残りの二球を調べるとその中に1T4があった。一道は動悸がして手が震えるほど喜んだ。
ハンダとペーストは買ってきたが、電気ハンダごてを買うほどの金はまだ溜まっていなかった。それで太い銅線を何重にも丸めて金づちでたたいて塊にしたもので代用した。それを七輪の炭火で焼きながらハンダ付けをした。配線は簡単のもので、コンデンサー二個と抵抗三個を接続すればよかった。その抵抗やコンデンサーも拾ってきた残骸の中から探せば、使えるものがいくらでもあった。
電池管式一球ラジオは適当な木の箱を作ってその中に組み込んだ。作るのをもっと楽しみたいと思ったくらい、早くできてしまった。一道は、本当にこれで大きな音で聞こえるのだろうかと不安に思えた。フィラメント用の電池は、拾ってきたものはすでに放電してしまっていて使えなかったので、家にあった懐中電灯のものを取ってきて接続してみた。真空管を手で覆って暗くして覗き込むようにしてみると、1T4のフィラメントが赤くなっているのが見えた。
「やった!絶対にこの真空管は生きているぞ」
彼はそのかすかに赤く焼けているフィラメントを見て大声をあげた。次に捨てられていたB電源用の電池をそのまま接続してみた。B電池は六十三・五ボルトの積層電池で非常に高価で、とても新品が買えるものではなかった。電気が少しでも残っていることを祈るような気持ちになっていた。
接続を完了してレシーバーを耳に入れて恐る恐るバリコンを回した。鉱石ラジオで放送が聞こえた位置と同じところまでバリコンを回すと大きな音で放送が聞こえてきた。
「すごい、大きな音で聞こえるぞ。万歳!」
その音は鉱石ラジオよりはるかに大きいうえに、豊かな質感のある音質だった。それは中継所で聞いた音にさらに暖かさが感じられるような快い音質だった。また珍しくて、真空管を指の先で軽くはじいたりすると、キーンという音が聞こえた。それも実に新鮮で驚きを感じさせるものだった。
一道はいつまでも聴き続けていたかったが、秀一にも聴かせてすぐに電池を外した。電池が消耗することが何よりも心配だった。
彼はそのラジオにレシーバーを二個付けて、秀一と一緒にあちらこちらと自転車で走り回りながら、行った場所で二人で耳にレシーバーを入れて少しの時間だけ電池をつないでラジオを聞いた。これは二人の、時の経つのを忘れさせるほどの楽しみになった。
初めての真空管は、一道の心を完全なとりこにしてしまった。学校へ行くときもラジオから外した真空管をポケットに潜ませて持って行った。また、寝る時も一球式ラジオを枕の側に置いた。こうすることによって、一道は何とも言えない幸福を感じることができた。
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