第20話
小学校五年生になった頃、学校の理科の授業で鉱石ラジオの製作をした。児童1人1人に1セットが渡されて先生の説明を聞きながら組み立てた。ボビンにエナメル線を八十回ほど巻いて、平行にポリバリコンを結び付け、検波器を通してクリスタルレシーバーにつないだ。これが一道をラジオに目覚めさせるきっかけになった。
目に見えない電波と言うものが、検波器を通じて耳に聞こえるようなると言うことが実に不思議でおもしろかった。その魔法使いのような鉱石検波器は、二~三センチの鉛筆くらいの大きさの筒で、蓋を開けると中には、折れた鉛筆の芯ほどの石のかけらが入っているだけだった。それを一方から細いバネで押さえていた。そこからクリスタルレシーバーにつなぐと電気も使わないのに放送が聞こえてきた。小学生の一道にはこんなちっぽけな石片を通しただけでどうして耳に聞こえるようになるのか、まるで手品でも見ている気分だった。
学校で鉱石ラジオの工作が終わってからも、一道はそれを家に持って帰ってさまざまな実験を試みた。まず面白かったのはアンテナだった。高く長くすればするほど音は大きくなった。さらに鉄棒を土の中に叩き込んでそこからアースを取ると一段と音が大きくすばらしく聞こえてくるのも分かった。そうするとますます大きな良い音で聴きたくなる。彼はできるだけ高く大きなアンテナを張り、できるだけ地中に大きく深くアースを打ち込むことに熱中した。
彼は秀一と一緒に屋根の上にのぼり、屋根の両端のいちばん高いところにある棟木に長い棒切れを打ちつけて支柱を立て、二本の支柱の間に針金を張り渡してアンテナを作った。アースには、一メートルもあろうかと思われる水道管を拾ってきて、苦労しながらほとんど埋まってしまうくらいまで地中に叩き込んだ。そして胸をワクワクさせながらアンテナとアースを鉱石ラジオにつないだ。レシーバーを耳に入れたとき、そのあまりの明瞭な音量に驚き、飛び上がって喜んだ。
アンテナを張った翌日、雨になった。倉庫の部屋の天井のいたるところから雨水が漏れてきた。父親に言うとすぐに屋根の上に上がって調べてくれた。
「お前ら、屋根瓦を何枚も踏み割っているじゃないか」
屋根の上から亀三の怒鳴り声が聞こえてきた。アンテナを張った時、二人が屋根の上をドタドタと歩き回ったので瓦を割ってしまい、そこから雨水が染み込んでいたのだった。すぐに亀三はどこからか古いが割れていない屋根瓦を持ってきて修繕してくれた。
しばらくはよく聞こえるようになった鉱石ラジオを聞いていたが、やがてまた、もっと大きな音で聞きたくなった。それで今度は、アンテナコイルをたくさん巻けばそれだけ大きな音がするのではないかと思い、二、三十回余分に巻き足してみた。すると、音の大きさは変わらなかったが、漁業無線の声が飛び込んできた。いつも聞こえている放送局以外に一風変わった内容の放送が入ってくるというのは、新鮮な驚きと喜びだった。
鉱石ラジオはもちろん倉庫のアンテナとアースにつないで大きな音で聴くのも楽しかったが、さらに楽しかったのは、あちらこちらと持ち運んでも聞けることだった。外で聴くときにはいつも、竹ざおの先にアンテナ線を巻き付けてラジオに接続していた。一道兄弟はアンテナの竿を高く掲げて得意そうに歩きながらラジオを聴くのが大変好きだった。特に、周囲の人から、何をしているのかと不思議そうに見られると、とてもうれしくなった。
ある日、鉱石ラジオを放送局のアンテナのそばで聞いたらどんなに聞こえるだろうかと思った。当時、城辺町のかなりの高さのある山の頂上にNHKの電波中継所があった。そこには、どこからでも見えるような高いアンテナが立っていた。中継所までは急な坂道で自転車に乗ったままではとても登れないような道だった。そこを一道は息を切らせながら必死で自転車のペダルを踏んでアンテナのそばまで行った。自転車を降りて押して歩いた方がよほど時間的にも早いように思えたが、彼はどんなところでも自転車に乗ったまま進むのが好きだった。
鉱石ラジオを取り出して、アンテナ線を中継所の、アンテナを引っ張るようにして支えている太いケーブルに巻きつけて聞いてみた。これは素晴らしく大きく良い音だった。レシーバーを耳の中に入れるまでもなく、近付けただけで音が聞こえてきた。人の声や音楽がまるですぐそばにいるところから聞こえてくるようにさえ思えた。いつまでもそのまま聞いていたいような気持ちにさせる音質だった。
彼は今度はアンテナ線をケーブルからはずして、土の上に這わせてみた。するとまた同じように素晴らし音が聞こえてきた。アースもアンテナも電波をよい状態で受信しょうと思えば両方とも大切なのだということがよく分かった。このことがあってから彼はしばしば新しい鉱石ラジオを作ると中継所に行っては長時間、ラジオを聴き続けていた。
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