第16話

 神津が騒音の苦情を言いにきてからは、大きな音が出るトランスの鉄心の打ち抜きやシャーシーの製作などは昼休みの間に一道が工場に行って手際よくやった。チョークトランス、出力トランスと桜井が設計してくれた通りに作った。彼が計算から導いた結果は非常に的確で、まったく失敗はなかった。

 夜になると二人は自宅の工場で誰に遠慮することもなく夜遅くまで製作に没頭した。

 バリコンは《望郷》で使っている二連のものを三連にすればよい。高一のように選局ダイヤルをシャフトに直接付けると感度が高く、選局しずらくなるので減速比八対一のギアを取り付ける。各種コイルの製作でも桜井は、ボビンの直径、ホルマル線の太さ、巻き数など簡単に計算して決める。局部発振用のコイルはアンテナコイルのように一重の密着巻きでもよかったが、性能のことを考えてハニカム巻きにする。中間周波トランスもハニカム巻きにして、ボビンの中をコアが抜き差しできるようにする。これでインダクタンスの調節できる。それを覆うカバーを薄いアルミ板で作る。ほとんど当時の既製品と同じ性能のものになる。

 二人は種々の部品を製作していくなかで当然、様々な課題に直面するが、その都度、知恵を出し合って解決していった。それは避けたいものではなく、むしろ楽しみだった。困難のレベルが高ければたかいほど、乗り越えた時の喜びのレベルも高かった。

 十日ほどで必要な部品がほぼ出来上がった。早速、それらをシャーシーに取りつけてみた。

「ホォーッ!」

 一道と桜井はその外形を見て小さな感嘆の声を上げた。前面にバリコンを中心に内部のよく見える六本の真空管が並び、後方にコイルとIFTを挟んで四本の真空管が立っている。その間に、力強い三個のトランスがどっしりと構えている。

「何か、職人の信念を感じさせられるような雰囲気でいいですね」

 桜井がうれしそうに言う。

「これはいいなぁ。いかにも高一中二らしい」

 一道も満足そうに言う。どうやら自分があこがれていたものに外形がピタリと合ったようだった。

 シャーシー内の作業は一道が半田ごてを握り、桜井が色分けした配線を適当な長さに切って両側の被覆を剥して一道に渡す。そうして二人で好きなことを言いながら楽しく作り上げてゆく。いつものように、あまり早くできると楽しい時間が少なくなるので、ゆっくりと半田付けしてゆく。それでも作業量からすればかなり早く完成した。

 桜井は測定器を持ってきて、調整を始めた。

「中間周波数は一応、四百五十五キロヘルツにしておきます。別に、こだわる必要はないのですが」

 彼はオッシレーターを使って中間周波トランスのコワを調整する。それが済むと、トラッキングやその他の細かい部分の調整を始める。手作り部品なだけに、いろいろ手を加えなければならないところもある。一道はこういうことには手が出ない。桜井のやることをうなずきながら見ているだけだ。調整には思ったより時間がかかり、完了した時はすでに午前一時を回っていた。

 いよいよ受信してみることにする。スピーカーは高一の物につなぎ、アンテナ線とアース線もつなぐ。

 電源を入れる。何度この体験を繰り返しても、いつも胸が高鳴る。真空管のヒーターが輝き始めるとボリュームを少しずつ上げてゆく。するとバリコンはまだ回していないのに明瞭な音質の放送が入ってきた。さらにボリュームを上げると温かく力強い音が部屋中に広がった。

「オォー、鳴ったぞーッ!」

「大成功です」

 二人は大声をあげて手を打って喜んだ。減速している選局ダイヤルなのに少し回すだけでも次から次へと放送を受信した。

 高一中二が完成してから二人の生活の時間帯が変わった。一道は仕事が終わると、桜井は学校から帰宅するとすぐに眠った。そして夜半になってから起きる。それは電波がE電離層に反射して遠距離まで到達する時間帯だ。  

二人は毎夜、夜明けが近づき太陽光線によって中波が吸収されるD電離層が形成されるまで目を輝かせながら高一中二の受信に熱中した。

 二人は全国の放送局の周波数をもとにして、受信確認をしていく。もちろん混信する周波数はあるが、うまく調整すれば聴き分けることができる。受信状態は時間帯や日によっても大きく違った。昨日聞こえていたものが、今日は聞こえなかったり、一度聞こえていたものがその後ほとんど聞くことができなかったりもする。太陽の黒点の活動や季候、気温、天候などによって微妙に受信状態が変化する。だから毎夜毎夜が二人にとっては楽しみで仕方がなかった。一ヵ月ほどの受信データを集めて見ると、もう少しで、沖縄以外の全国の放送局がカバーできると思えた。

 音質は低周波増幅段をパラレル接続にしたこともあって、高一の代用のスピーカーから豊かな響きを聞かせてくれる。周波数を変換するヘテロダイン方式は音質を損なうと言われているが、そんなことを全く感じさせないくらい素直な音を聞かせてくれる。シャキシャキしたFM放送よりもはるかに、出てくる音を通して音源の人間性や演奏者の心が伝わってくるように感じる。

「もっと長いアンテナを立てようか」

 一道がまた例の夢見るつぶらな瞳になって言った。

「ええ、作りましょう。そうすれば間違いなく、全国の放送局が受信できると思います。この受信機は思ったより以上の性能があります。全国制覇できますよ」

 二人の息はいつもピッタリと合った。

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