第12話
食事が終わってから洞窟のコンテナの所へ行ってみる。中を開けてみると三台とも真空管がかなり減っている。いかに大量に作ったかが分かる。
「ワシは真空管のことはよく分らないから、それに詳しい杉山という爺さんに工場に送ってもらう真空管の段取りをしてもらっているが、高一に使える真空管はそれほど多くは残っていないと言っている」
松次郎が薄くなった頭を撫でながら言った。
「その事は米沢も知っているのですか」
強欲な米沢のことだから何をするか分からないと思い、一道は心配になった。
「あぁ、とにかく代替品でもなんでもいいから準備してくれ、と言っている。一本でも本物の真空管を使ってあとは適当な物をかざりに付けて、不足の分は半導体で代用すれば詐欺にはならない、とも言っていた。今、ずいぶん儲けているのでこの状態をなんとしても続けたいようだ」
「そんないいかげんな品物は作りたくないですよ。だいいち、それでは真空管ラジオにならないじゃないですか」
一道は不満そうに言った。
「どこか、真空管の製造元からは購入できないのですかねぇ」
桜井は石を拾っては投げて、それが立ち木に当たる音を楽しみながらつぶやいた。
「6D6のような真空管はもう、どこの国でも作ってないにちがいない。一度に大量に仕入れることは不可能だろう」
一道はあきらめ顔になった。
「じゃが、無くなれば作ったらよい、と杉山さんは言ってくれる」
「エッ?作れるんですか」
二人とも驚いて松次郎の顔を見た。
「もともと杉山さんは、ここに工場があった時、真空管製造の技師として働いていた人じゃ。少し設備を揃えれば作れるらしい・・・今からでも杉山さんの家に行ってみるか」
「ぜひとも連れて行ってください」
一道の目が輝いた。三人は一度、松次郎の家に帰り、軽トラックに乗って出かけた。桜井は身軽に荷台に飛び乗った。杉山の家は駅の方へ下って行く途中で右に折れてまた、山裾へ上った所にあった。ちょうど松次郎の家から山一つを隔てた反対側だった。
急に訪ねたにもかかわらず杉山は待っていてくれたかのように三人を家の中に入れてくれた。奥さんに先立たれて、二人の子供もそれぞれ家庭を持ち市街地で生活しているので、一人住まいをしていた。大柄で一見すると不機嫌そうに見えるが、朴訥とした語り口は誠実さを感じさせる。まもなく八十歳を迎えようとしていた。
「真空管作りは工具と工作機械さえあればそれほど難しいことではない。戦時中は学校で子供に作らせていたくらいだから」
杉山は真空管の作り方を詳しく説明した。さらに、裏の小屋に案内されて行って見ると当時使っていた道具や作りかけの材料まで残っているを見せてくれた。
「あと、真空ポンプとガラスを溶かす電気炉、それに型枠にガラスを噴出するコンプレッサーがあれば、とりあえず製造できるよ」
控えめだが嬉しそうな杉山の表情は根っからの真空管好きに見える。
「プレートやカソードやグリッドの材料は今でも、いくらでもある。ゲッターも手に入る。ソケットも成型加工すれば簡単にできる。機械さえあれば明日からでも作れるよ。ただ、二極管と三極管までくらいのほうがよいだろう。それ以上の多極管はやはり不具合を起こす可能性が高くなるからなあ」
杉山は少年のように目を輝かせて、今にも作り始めそうだ。
「三極管でもB電圧を少々上げれば6D6、6C6と同程度の動作にできます。むしろ、三極管で統一したほうが歪みが減少して、いい音になると思います。それに二極管も将来的にはプレートを二分割して両波整流ができるようにした方がより良いと思います」
桜井も乗り気になった。
「若い人が真空管に関心を持ってくれるとは嬉しいなあ」
杉山は微笑しながら桜井の顔を目を細めて見ていた。
時間が経つにつれて四人は意気投合して話が弾み、夕方近くまで杉山の家で過ごした。帰る時には様々な作物をたくさん貰った。
翌日、一道は米沢に、言いたいことがあるから工場に来てくれ、と電話をした。
「用事があるならこちらの店に来てくださいよ。店舗には休みなどないからさ」
米沢は金儲けに直結しないことには横柄な言い方をした。
一道は仕事の段取りをつけて米沢の店に行った。新大阪駅には古川橋駅から淀屋橋まで出て、地下鉄御堂筋線に乗り換えて行くので、一時間ほどかかった。
これまで、《望郷》の生産に忙しくて米沢の店にはあまり行くことはなかったが、行くたびに変わっているのには驚かされる。最初に行った時には、路地裏のような所の古い木造二階建の民家を店舗にしていた。次に行った時にはその店舗の前に広い道路が通っていた。そして次には店舗や周囲の木造住宅を取り壊して、立派な五階建のビルになっていた。前に行った時には五階建のビルの一階だけでリサイクルの店舗を出していたが、今は二、三階の窓にも《望郷》の大きな宣伝の看板を出していた。
変化しているのは米沢の店だけではなく、新大阪周辺の地域全体が目まぐるしいほど行くたびに変わっていた。特に米沢の店の辺りは、急速に歓楽街化しているように見える。新大阪駅周辺に宿泊するビジネスマンを目当てに、夜になればけばけばしい光を放つであろうネオンがいたるところに取り付けられていた。かといって、古い木造の家もあれば団地もある。不調和この上なく趣の無い街だったが、一道はなぜか人間の粗末さがありのままに出ているようで、懐かしい雰囲気と安心感が沁みてくるように思える。
店の前に行くと目立つところに『米沢商会株式会社』と大書した看板が掛けてあるのが目に入った。
「ヨォー、三津田さん、久しぶりに来てくれましたな。二階に上がろう。二階も三階もその上も俺の会社のものだから」
店に入ると、以前はリサイクルショップらしくいろいろな品物が置かれていたが、今は《望郷》専用の売り場のようになっていた。それ以外の品物は片隅に無造作に積み上げられている。店員も増えて、忙しそうに動いているが、女性の店員ばかりで、一道が入ってきても胡散臭そうにチラッと見るだけで、挨拶もしない。そのくせ米沢とは妙に馴れなれしく会話を交わす。その様子を一道は見ていると、米沢と従業員との間にいかがわしい関係があるのではないかと邪推されてきた。
・・・チクショーッ、せっかく真空管を触ることで妄想癖から逃れられていたのに米沢の傍にいると精神が異常になりそうだ。早く帰ろう
一道はうっとうしい気分になっていた。
二階に上がると豪華な応接室があった。
「スゲェー椅子があるやないか。お前はいったいどれだけ俺や松次郎さんから金を巻き上げたら気が済むのだ」
一道はいきなり不機嫌に言った。
「そんな疑い深い目で見なくてもいいじゃないですか。俺は別に悪いことをしたり、ごまかしたりしている訳じゃない。皆さんに仕事を与えているのだから感謝こそされ、恨まれる筋合いはないですよ。このビルかて、前のオーナーが手放したいというから、俺が借金までして買って助けてあげただけですよ。それから《望郷》の販売は順調なので株式会社にして、少しでも税金を安くして、働いてくれている社員に還元しようとしているのですよ」
得意げに米沢は胸をそらす。一道はますます不愉快になった。
「そんなことはどうでもいいが、山のコンテナの中の真空管がなくなった時には、詐欺まがいの《望郷》を作らそうとしているらしいが、そんなこと、俺が許さんぞ。もし無理やりそんなものを作って売ったら、詐欺商品だと俺が言いふらしてやる。とにかく、真空管を作れる人がいたから松次郎さんの所へ行って、必要な機械などを全部購入してすぐに作れるようにせよ。そうしなかったら、こんな会社、いつでも潰してやる」
一道は一方的に怒鳴るように言って、早々に米沢の店を後にした。
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