第9話
米沢の経営するリサイクルショップは新大阪駅から淀川の方向へかなり離れた場所にあった。十分ほど歩けば広い川幅の淀川堤防に出た。それでも駅前再開発地域に入っていて、最近の道路整備で木造二階建の借家の店舗は十五メーター道路に面することになった。車や人通りも整備前よりはるかに多くなっていた。
米沢のショップは一階に雑多な商品を並べ、二階は集めてきた品物を保管するのに使っている。商品のほとんどは不用品や大型ごみの中から使えそうなものを拾ってきたものだ。経営している、と言っても従業員は彼以外にパートで来てもらっている店番の老婦人だけだった。
米沢は一道からひったくる様にして貰ってきた高一を店の一番目立つところに陳列した。値札には、値切られることを前提に四万三千円と書いた。今時、真空管ラジオがどのくらいの値段で売買されるのか予想しにくかったが、一道達の製作した高一は外観からしても安物やまがい物ではないことが素人でも分かるような気がしたので高めにつけた。
高一を店頭に出してから二日目、高年のサラリーマン風の男性が来て、
「このラジオは実際に聞こえますか」と尋ねるので、米沢はプラグをコンセントに差込み、電源を入れて音を出してみせた。その男性はたいへん気に入った様子で、定価ですんなりと購入した。彼は予想以上に高額でしかも早々と売れたのには驚いた。同時に、うまくやれば大儲けができると思った。
「とにかく、なんでもいいから、どんどん作ってよ。三津田さんかて、金儲けが嫌いな訳じゃないでしょう。わたしはこの商品には大いに乗り気になっているんですよ」
米沢は高一が高いマージンを上乗せしても売れたことで気をよくして、一道を追い立てて作らせようとした。さらに松次郎の家までついて行き、大量のキャビネットの制作まで依頼した。費用の支払いは自分が直接支払うことまで話を進めていった。
さらに米沢は一道の高一製作が数多くこなせるようにするためにアパートから少し離れた、同じく線路沿いに建っている一戸建の住宅を借りた。そして、そこに一道を半強制的に引っ越させた。
一階が七坪程の土間になっていて、二階で生活ができるようになっていた。アパートの部屋よりもさらに線路に近づいて建っているので、電車が通る度に激しい音と振動が家屋全体を襲った。それでもアパートとは比べものにならないくらい広々としていた。一道がこれまで生活してきたなかで、自分専用の生活空間としてはもっとも広かった。
一道は米沢に対して警戒しながら不機嫌に接するが、米沢のおどしたりすかしたりする話術は口下手な一道の太刀打ちできるものではなかった。結局、米沢の言いなりになっていた。それでも、一道にとって真空管のラジオ作りは好きなことなので、不快ではあるが不満ではなかった。
日を追う毎に一道は忙しくなった。手が足りない時には桜井にも手伝ってもらった。カミツ工業での仕事が終わればすぐに帰って来て、夕食もそこそこに一階の土間で制作し始める。それが深夜まで続いた。こんな彼の生活の変化に疑心の強い社長夫婦が気づかない訳がなかった。すぐに専務で妻の里江が彼の家に様子を見に来た。それからしばらくして、どこでどう繋がったのか、カミツ工業に米沢が出入りするようになった。
ほどなく社長が、一道の家に相談したいことがあると言ってやって来た。
「一道君は、儲けの良い仕事をしているらしいな。米沢さんから聞いたぞ」
かなりニヤニヤした顔つきなっていた。
「俺は、仕事は仕事でちゃんとやっているよ。ラジオは趣味で作っているだけだから」
一道は、ラジオ作りの為に仕事をおろそかにしていると疑った社長が文句を言いに来たと思った。
「いやいや、そういう意味で言っているんじゃない。逆に、そっちの方を本業にしてくれないかと言ってるんだ」
「ハァ-?」
初めは神津が言っている意味が分からなかったが、よく聞くとカミツ工業から高一ラジオの部品を供給するから一道はラジオの組み立てを仕事としてやれ、ということだった。そして一道を工場長に任命するから給料は利益が上がりさえすれば増やしてやると言う。好きな趣味が仕事になるのだから断る理由はないと思えた。
「そうしてもらえたら、俺もありがたいですが・・・」
「よっしゃ、そうと決まったら、どんどん作ってくれ。うまくいったら大金持ちになれるかも知れんぞ、一道君」
神津は自信ありげに口をへの字に曲げて何度もうなずいた。どうやら米沢とすべて、話はついていたようだった。
一道は朝起きてカミツ工業の方へ出勤する必要もなくなった。一階に下りて一人でラジオを組み立てればよい。人間づきあいが苦手で神経過敏の一道にとっては仕事がやりやすくなった。なにより、専務の里江にトイレに行く回数までチェックされて仕事させられることから解放されるのは気分が晴れることだった。
必要な部品やその作り方は一道が工場の者に指示して作らせた。バリコンや真空管ソケットなどには改良を加えて、均一なものが製作できるようにした。工場では、神津が徹底的に安く作ることを金科玉条にして儲けを稼ごうとしていた。一道が少しでも割高で良質のものを作ろうとすると急に不機嫌になって許さなかった。
トランスの鉄心は専門の業者から決められた形のものを納入させていたが、自社で製造したほうが安くつくということで、プレス機を購入して狭い工場に設置した。そして最も安い電磁鋼板を仕入れてきて作った。
「せめてオリエントコアにしろよ」と一道は文句を言ったが、神津は少しでも儲けが減るような話になると眉根に皺を作ってむずかしい表情になり、聴こえないふりをした。
部品の量産ができるようになると、桜井松次郎からも真新しいキャビネットとダイヤルそして四種類の真空管が次々と届いてきた。洞穴にあったコンテナの真空管の量を考えると様々な種類の物があったにしても代表的なラジオ球の6D6、6C6、6ZP1、12Fは膨大な量があり、不足しそうには思えなかった。
一道はフル回転で働いた。食事と眠る時以外は一階の作業所で何時も手を動かしていた。材料を加工するような作業は全部、工場で済ませてくるので、彼がやるのは部品の取り付けと半田付けが中心になった。それでも一台を完成させるにはかなりの作業量だった。
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