第7話

 一道の生活がまた変わった。時間さえあれば、日本橋の電気街に安い部品を探しに行っていたのが、今度は一月に一回は桜井松次郎の所へ行くのが付け加わった。行けば一日中、コンテナの中を調べ、真空管を種類ごとに整理して並べ替えた。大多数がST管で、6WC5、6ZDH3A、6D6、6C6、6ZP1、12F、80Kなどとマジックアイだった。並四や五球スーパーさらに、高一付きの高級六球スーパーラジオが製造の中心だったようだ。  

 松次郎の家に寄ると、家具の作り方、木材の扱い方を教えてもらった。毎週、休日ごとに行きたかったが、電車賃がかさむので抑えていた。

 コンテナから最初に持ち帰った高一用の真空管を修理したラジオに差し替えてみると、古い障子を張り替えたような輪郭のはっきりした音が出た。コンテナの真空管は彼の予想通りの上質の新品のものであった。

「よし、まずは同じ高一を作ろう」

 一道の目が輝いた。それは少年の目だった。シャーシーはアルミ板を買ってきて適当な大きさに加工する。キャビネットに入れても真空管が見たいので、シャーシーの前の部分にバリコンを挟んで四つの真空管用の穴を開ける。売られている加工済みのシャーシーは不思議なほど値段が高いが、逆に板から加工すれば実に安くできる。

彼はその他の部品もできるだけ安く、できたら無料で手に入れようと思い、廃品の中からほとんどの部品を調達した。彼が拾った高一のような真空管を使った物は、時代の流れで、さすがに捨てられてはいないが、世の中の景気が急速に良くなってきているからだろうか、燃えないごみや大型ごみの収集日には集積場に、古い電気製品などが山ほど積み上げられた。その中にはラジオの部品に使用できるような物がいくらでもあった。 

 アンテナコイルは直径二、三センチの塩ビの水道管を拾ってきた。それに直径〇・一から〇・二ミリ程度の銅線を巻けばよい。バリコン側には百四十から百六十回、アンテナ側には二、三十回巻く。検波コイルも同じように作ればよい。6D6から受ける側には適当な幅に重ねて四、五百回巻く。ただ、かさばるので、〇・〇九ミリ以下の細い線にする。バリコン側は百回ほど巻いてやればよい。巻き数はどちらも適当でよい。組み立ててから実際の放送を受信しながら巻き数は調整すればよかった。再生用のコイルは巻かない。再生をかけると分離や感度はよくなるが、彼は再生のかかる音が嫌いだった。

 これらの作業を一道は仕事が終わって、誰も居なくなった工場でやった。銅線は大小様々な直径のものが半端な残り物としていくらでもある。それを巻くのに、巻き線機を使えば百回程度は数十秒でできた。

 電源トランスはよく捨てられている半導体アンプの物を改造すればよかった。鉄心を抜いたあと、百ボルトへの一次巻線はそのままにしておいて、二次巻線を解いてしまう。代わりに細い線を二千四百回ほど巻いてやる。そして、仮に鉄心を差し込んで電源を通し、二次電圧を測り、二百三十ボルトあたりになるように巻き数を調整してやればよい。12F用の五ボルトも他の六・三ボルトもほぼ、十回を一ボルトと考えて少し太い線を巻き、同じように調整すればよかつた。どの二次電流も容量はたいしたことはないので、巻線がかさばって鉄心が入らないというほどにはならない。仕上げは、しっかりと鉄心を揃えて入れて、ボルトとナットで締め、鉄心の緩みによる唸りを抑えるために耐熱性の塗料を染み込ませておけばよい。

出力トランスは、今度はチューナーやプリアンプなどの小容量の電源トランスを使えばよかった。高一の出力トランスを修理した要領で線を巻き上げれば、これも簡単にできた。

一人残っていた工場で一道は二つのコイルとトランスを完成させた。彼にとっては慣れた簡単な作業で時間もそれほどかからなかった。

「やれやれ、社長や奥さんが来なくてよかった」

 彼は立ち上がって腰を伸ばしながらつぶやいた。工場の鍵が社長の自宅に返ってくるのが遅い時には時々、社長や妻の里江が様子を見に来ることがあった。わずかな銅線を、それも捨てるような物を勝手に使っているだけで、別に悪いことをしているわけでもないが、疑り深い二人に見られるのは彼にとっては気分の滅入ることだった。

 翌日から、仕事が終わるとすぐにアパートに帰り、食事も簡単に済ませて高一の部品探しと製作に没頭した。

 バリコンは、まず薄めのアルミ板に可動羽根、固定羽根の形をできだけ多く書き込み、それを金切り鋏で切り出す。次に、羽を固定するためのボルトを通す穴をドリルで開る。固定用のボルトはできるだけ長いものを使い、頭の部分を切り落とす。それに羽を1枚づつ差込みながら間に厚みのあるワッシャーを挟んで両側からナットで締め付ける。同じものを二箇所に作り、二連にする。それから厚目の鉄板をU字型に曲げて外枠を作り、両方の羽根を絶縁に注意しながら取り付けて完成させた。

 真空管用のソケットはトランスの巻き芯に使っているプラスチックを二重に重ね、間に薄い銅版に真空管の脚より僅かだけ小さい穴をポンチで開けたものを挟んで固定して作る。これでも少しぐらい抜き挿ししても接触不良を起す心配はなかった。

 B電源の通る耐圧電圧の大きいコンデンサーは今では、家庭用品にはほとんど使われていない。しかし、家電製品には百五、六十ボルトのものは意外と多く使われているので、それを直列につなげば使用できた。容量は四分の一になるが、充分すぎるほどだ。六・三ボルトのパイロットランプは最も電流の少ないものでも明るすぎて使いづらい。それで八ボルトのものにして薄暗くする。残りの抵抗やコンデンサーはどこにでもあるものだ。様々なところからの寄せ集めでほとんどの部品がそろった。

 一道は高一を完成させて、ラジオを聴くのも楽しみだが、作ること自体がなにより楽しい。長く楽しみたかったので、彼はゆっくりと時間をかけて作った。どうするのがよいか迷う時など、あれこれ考えることがこの上なく楽しい。そしてそれがうまくいくと喜びも大きくなった。

 楽しいだけに暇さえあれば作業を進めるので、意外に早く完成の時が近づいた。最後の仕上げは、バリコンを中心にして真空管がキャビネットの外からでも見えるようにガラス板を加工することだった。これも拾ってきた割れたガラスの一部を使えばよかった。二千円程度のガラス切りとガラスドリルがあれば簡単に加工できる。真空管に合わせて適当な大きさに切ったガラス板の中央付近にバリコンのシャフトであるボルトが入る穴を開ける。それから四隅にもシャーシーに固定するための穴を開ける。そして数字を書いた適当な文字盤をバリコンの穴を中心に貼り付け、裏側にパイロットランプを付ける。それをシャーシーの前面に立てて固定し、とりあえずありあわせのダイヤルをつけて全て完成した。

三日ほどかけて一道は高一を完成させたが、その間、毎日、桜井もやって来て手伝った。

「三津田さんは、なんと器用な人ですねえ。僕は理論は勉強すれば分かりますが、こんなラジオはとても作れません」

桜井は感動の面持ちで完成した高一ラジオを見ていた。

 音出しにはスピーカーの準備ができていなかったので、今ある高一のスピーカーに接続して試してみた。部品点数の少ない配線だったので間違うこともないと思えたが一応、真空管を抜いて、手順を追って各部の電圧などを確認する。異常はない。いよいよ、四本の真空管を挿して電源を入れた。一道の顔が期待と不安で緊張する。それ以上に胸が高鳴る。この感覚は何度経験しても新鮮なものだった。その感覚が桜井にも伝播して彼も快い緊張感に心が弾むのを感じていた。

 すぐにパイロットランプが点き、外からフィラメントの見える真空管が徐々に明るくなる。二人ともスピーカーに耳を向けて音が出ないか神経を集中させる。かすかにハム音が聴こえてくる。そして放送は入らないが、確かに電波を受信している音がする。一道はゆっくりとバリコンのダイヤルを回した。指がかすかに震えているように見える。少し回すと急に明瞭な音声で放送が飛び込んできた。

「ヤッターッ、万歳!」

 二人とも、両手を挙げて大声を出した。

 二人はしばらくの間、種々の放送局に同調させては満足気に聞いていた。

「さあ、それじゃ、少し調整してみるか。もっとよく聞こえるようになるだろう」

「これだけ受信しているのに調整するところなどあるのですか?」

 桜井は興味深そうに見ている。

「そう、少しだけ、コイルの巻き数とバリコンの羽根の具合を調整するとよくなるはずだ」

 一道は放送を聴きながら各コイルの銅線を解いたり巻き足したりする。また、バリコンの羽根の間隔を細いラジオペンチで広げたり、狭めたりもする。その度に受信状態は大きく変化する。彼は最も音が大きくなるように調整していった。桜井は僅かな、コイルやアルミの羽根の変化が受信に大きく影響を与えることに非常に関心を持ったらしく、覗き込むようにして一道の指先の動きを見ていた。

「なにせ、手作りだからなぁ。特にバリコンは羽根の状態にムラがあるから、丁寧に調整してやる必要がある。高い周波数と中程と低い周波数と全体的にバランスが取れた聴こえ方にすればよい」

 一道は話をしながらも手は休めずに調整を済ませた。前よりもさらによく受信ができるようになる。音質もアナウンサーが近づいたのではないかと思われるほどよくなる。

「こういう事を全部、勘でやれるんですねえ。すごいなあ・・・でも、こんな調整ができる測定器はないんですか?」

「有るにはあるんだろうが、俺はガキの頃からテスター一つで全部、やってきた。高級な測定器などは金も高いだろうし、使い方もややっこしいようで、俺には向いていない。でも、桜井君みたいな賢い子なら使いこなせるから、いろいろ研究してみてよ」

 一道はニコニコしながら言った。

「ええ、測定と調整というのは、なにか、非常に面白そうですね。目に見えないものの状況を調べて、それに従って目に見えるものを変化させて、目に見えないものを自由に操るということですか・・・おもしろいなあ。いろいろ、真空管に関連する測定器や参考資料を集めてみます」

「君が言うと難しい話になるなあ。でも、俺にはできないから頑張ってよ」

「はい、どうやら僕の大学での研究と重なってきそうですので、本気になってやってみます」

 桜井の目が輝いた。

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