大学二年のとき、わたしは友人の紹介で初めて男性と付き合うことになった(このひとが陽治が浮気を言い当てた男性第一号だった)。わたしは陽治への思いを断ち切るつもりで、この男性と初めてのセックスをした。ふたつ歳上だった彼はとても優しいひとで、セックスそのものは申し分なかった。最初の体験から数日はそのことばかり思い返していたし、次を心待ちにもしていた。実際、二度目はもっと素晴らしく、それから三ヶ月は夢心地のままに過ぎていった。


 陽治が浮気のことを口にしたのはこの頃で、そこからの展開は早かった。友人経由で事実が確認され、わたしはその男性と一度もいさかいを起こすことなく、ごくすみやかに訣別した。嫉妬は感じなかった。おそらくそういう関係ではなかったのだ。ただ、あんなに優しいひとが嘘をついていたということが哀しくて、別れの夜に初めて深酒をした。

 酔ったまま陽治のもとを訪れ、泣きながら彼を責めた(まったくの言い掛かりだった)。責任取ってよと彼に迫り、好きなのと言いながら、無理やり抱きついてキスをした。おそろしいことに、このときのわたしはすでに素面しらふに戻りつつあった。ある種の計算さえしていた。逃げ道はいくらでもあるはずだった。


 わたしにキスされた陽治は、ひどく困惑し、どこか怯えてさえいた――見知らぬ生き物から、おぞましいやり方で求愛されたみたいに。

 わたしはすぐに陽治から離れた。彼の口の脇にはルージュの跡があった。まるで誰かに打ち据えられたあざのようだとわたしは思った。

 わたしは二度ほどよろけて見せ、危うい調子で梯子を登り、そのままなにも言わずに自分の部屋へと帰った。

 次の朝、陽治と顔を合わせたわたしは、すべてを忘れたふりをした。彼の部屋へ押しかけたことすら憶えていない。彼もなにも言わなかった。陽治は嘘をつけない質だから、訊けば正直に答えただろうけど、わたしはなにも訊ねなかった。


 これが最初で最後の告白だった。酔っぱらいの戯言ざれごとということであれば、彼もさほど深くは考えないはず。そう自分に言い聞かせ、今度こそ本当に彼への思いを封印した。

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