ジゴロは悪魔の声で話した。

「私は誰でもあり、誰でもない。今は、この男の身体を使っている。それだけのことだ。さあ、選べ」

 セールスウーマンは、それが自分に突きつけられた刃だと知っていた。選択を間違えれば、悪魔の玩具として永遠にもてあそばれる。

 あの作家のように――。

 だが死の恐怖には勝てなかった。

「死にたくない! 私は死にたくない!」

 悪魔は楽しげに微笑んだ。

「選んだな」

 あの作家のように――。

〝そうだわ、彼は悪魔の罠にはまったのよ。今、生き延びたら、私も永遠にこいつに殺され続けることになるわ〟

 セールスウーマンの耳に、悪魔の声がよみがえった。

『愛されることを憎め。憎まれることを愛せ……』

「待って! 待って……死にたくない……死にたくないけれど、いつまでも殺され続けるのは、いや……」

 悪魔はまだほほえんでいた。

「ならば、もう一度チャンスをやろう。さあ、選ぶがいい」

 セールスウーマンはしっかりとした口調で答えた。

「殺して」

 悪魔はうなずき、去った。財布も消えた。

 後に残ったのは、激しい快楽に理性を奪われ、セールスウーマンへの愛と嫉妬をあらわにしたジゴロだった。

 ジゴロは再びセールスウーマンの首を絞めた。

 セールスウーマンは冷静に考えた。

〝死ぬのね、私……〟

 が、その意識はジゴロから放射される快感に呆気なく吹き飛ばされてしまった。

〝いやあ! すてき! なんてすごいの⁉ いいわ! いいわ! でも、なんで⁉ お財布も悪魔も、もうないのに……〟

 セールスウーマンは悟った。

 ジゴロはセールスウーマンを愛することで、二人の間に心をつなげる回路を作り上げたのだ。財布がなくとも、ジゴロの喜びはセールスウーマンの心に流れ込んでくるようになってしまったのだ。

 ジゴロは酔っていた。

〝いいよ……いいよ……なんてすばらしいんだ……〟

 セールスウーマンも酔っていた。

〝なんて素敵な気持ち……〟

 しかしセールスウーマンは気づいた。そして、遠退いていく意識の中で激しく後悔した。

〝私は死ぬの……? なんて馬鹿だったのよ! 生き続けることを選んでいれば、永遠にこの快感に浸っていられたのに……たった一回で……一回きりで……死んでしまうなんて……そんな……ひどすぎる……ばかだったわ……わたし……なんて……きもち……いい……〟

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