ジゴロは自分の股間をなめまわすセールスウーマンの頭を見つめながら、涙をにじませて青ざめていた。

「なぜだ……なぜ立たないんだ……」

 セールスウーマンは口を離して言った。

「意気地なし」

 セールスウーマンも、ジゴロの不能の原因が警官殺しにあることに気づいていた。

 ジゴロもそれを悟っていた。そして、さらに恐ろしい現実におびえていたのだ。

〝男を殺したからだ……女じゃないと……一度は可愛がった女を殺さないと、俺はダメになっちまうんだ……〟

 そして、性の魔力を失えばセールスウーマンが自分から離れていくことも分かっていた。セールスウーマンはすでに投げやりな態度で乱れた服を整え始めている。

「笑う気にもなれないわね、女を抱けないジゴロなんて」

 ジゴロはうめいた。

「そんな……もう一度……」

「未練がましいわよ。私には分かってるの。あんたはもう私を喜ばせることができない。だって、私を愛してしまったんですもの」

 ジゴロも心の中でうなずいた。

〝愛している……棄てないでくれ……〟

 セールスウーマンは警官の死体を見つめた。

「死ぬ前に、この坊やに抱かれてみたかったわ。あなたよりずっとたくましい身体をしているものね」

 ジゴロは涙混じりに言った。

「こんなガキのどこが……?」

「インポよりましでしょう? 死体、ちゃんと片づけてね。私、殺人事件に巻き込まれるのはごめんよ」

 ジゴロは、じっとセールスウーマンを見つめていた。

 セールスウーマンがその視線に気づく。

「あら、なに? なにか言いたいことがあって?」

「俺よりこの小僧が良かったっていうのか?」

「当然でしょう? この子のはちゃんと堅くなったんですもの」

「おまえはそんな女だったのか? 欲しいのはセックスだけなのか? 俺がこれほど愛しているというのに……」

「あんたが最初からそんな可愛い男だったのなら話は別。でも私にこんなセックスを教え込んだのはあなたよ。さんざんじらして私のすべてをしぼり取ってきたのよ。いまさら人並みのことが言える立場だと思って?」

「でも、愛してしまったんだ……」

 ジゴロを見つめたセールスウーマンの目は冷えきっていた。

「うっとうしいだけよ。さっさと死体を持って出てって。そして、二度と来ないでね」

「別の男を探すのか……?」

「当然。あなたの役目は終わり」

 ジゴロの目に光が戻った。

「もう一度言う。愛している」

「もう一度言うわ。インポは用ずみ」

 ジゴロは不意にセールスウーマンの身体に飛びついた。激しい力でソファーに押し倒すと、首を絞める。

「愛しているんだ! 誰にも渡さないぞ!」

 ジゴロの中で、何かが弾けた。

 愛する女に手をかけた瞬間、萎えていた一物がふくれあがった。脳の中心にすさまじいばかりの炎が爆発する。それは、性の快感の領域をはるかに越えていた。快感とも苦痛とも違う、激しく心を酔わせる悪魔的な感覚だった。

 ジゴロは吠えた。

「うぉうぅぅぅぅ!」

 押し倒されたセールスウーマンの腕に財布が触れていた。ジゴロが発した感覚が容赦なく女の脳に叩き込まれる。それは、バットで殴られる以上のショックをともなってセールスウーマンを麻痺させた。

 セールスウーマンはその瞬間、圧倒的な〝感覚〟の正体を悟った。

〝うわぁぁぁ! こ、これよ! これがセックスよぅぅぅ!〟

 自分が首を絞め上げられていることも忘れていた。

 ジゴロも理性を失い、セールスウーマンの首から手を放すことができなかった。次から次へとわき上がる悪魔の快楽に身をゆだねながら、その手の力は次第に強まっていく。

 酸素の補給を絶たれたセールスウーマンの脳が、ようやく事態の深刻さに気づいた。

〝やだ……私、死んじゃう……お願い……やめて……〟

 だが、理性を失ってうめき続けるジゴロの力はゆるまなかった。

〝うおぅぅぅ!〟

〝いやよ……死ぬなんて……〟

 その瞬間、失っていた『三時間の記憶』がセールスウーマンの脳裏に鮮明に蘇った。

 セールスに出向いた先の『作家』の家で起こった、現実離れした惨劇。愛した女の死体を組み立て、愛し合うたびに死の瀬戸際に追いやられる作家。壊れても壊れても生き返る妻。彼らの〝愛〟は永遠に続く――。

 セールスウーマンは心から恐怖の叫びを上げた。

「いやよそんなの!」

 そしてセールスウーマンは気づいた。

 ジゴロが手を放して、冷静な目で自分を見下ろしている――。

 ジゴロは言った。

「選べ。このまま死ぬか、生き長らえるか」

 セールスウーマンは叫んだ。

「あんた! 悪魔だったの⁉」

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