ルール

将棋と言うのは変なルールだとつくづく思う。

東軍の駒として西軍の王を取るために戦い、相手に取られると今度は西軍の駒として東軍と戦うことになる。

個人が各々の文化や家族を背負った本当の戦闘の場では、こういうことは決して起こりえないだろう。アイデンティティが持ちこたえられない。どんなに適当な人間でもそこまで日和見的にはなれない。人間はアイデンティティとともにある。そういう意味では将棋というゲームはある一点でリアリティを決定的に欠いていると思う。そのことが分かっただけでも、今回はいい機会だった。

RPGとして「人間将棋」の駒に生身で転移することは、誰もが人生一度は経験して損はないことかもしれない。


東軍の駒として棋士である酒井の元、「王将」の椎名さんを守るためにあちら側にいた「香車」の僕は、今や西軍の持ち駒として、へぼ棋士神田の支配下にある。椎名さんは今は僕の敵将。

というか、あれ?


ん?


あと二手で詰むんじゃないか?


僕は、プールの監視台の上の神田を見上げた。

難しそうな顔をしているが気づいていないようだ。頼むぜ。


「神田!「香車」を向こうの「王将」の2マス前な!」

「え?」

「え?じゃないって。もう詰んでる」

「へ?」

「行くよ!」

「あ。はい」


僕は椅子を持って椎名さんの二つ前のマスに移動して、腰を下ろした。

椎名さんは、はっとした顔で僕を見ている。


「王手」

「はい」


東軍の棋士酒井は、「歩」の女子生徒を僕の前に置いた。

僕は、「ごめんね」と彼女を盤の外に出した。

そして、僕は着ているビブスを前後ひっくり返した。


書かれているのは、赤い、崩し字の「金」。


成香だ。

これなら確かに、転生。

僕は立ったまま、椎名さんに告げた。


「椎名さん。王手。詰んだ」

「え?」

「西軍の勝ち。僕が金に成ったから椎名さんに逃げ場はもうない。椎名さんが僕を取っても、ほら、飛車が効いてる」

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