3月

あれも、3月だった。

卒園間近だったから3月だったと思う。


その頃の僕はいつもジャングルジムの近くの砂場にいた。

砂をバケツで集めて盛り上げて山を作る。よく固めた後、そこにトンネルを掘る。誰か別の子とだったり一人だったり、環境は毎日違ったけれど、トンネルが開通するその快感がたまらなくて毎日同じ遊びばかりやっていた気がする。


その日も僕は砂場にしゃがみこんで、やっぱりそんな風に砂の山にトンネルを掘っていた。

山のこっち側からわしわしと手で掘り進める。どんどん掘る。肘までトンネルに腕が入っちゃった。とその時、トンネルの向こうから丁度僕の手の動きの合わせ鏡のようにこっちに向かってくるものの感触があった。


それは、細い5本の指だった。


あちらとこちらから手探りで先をまさぐる手と手は、やがてお互いの手を固く握り合った。

協力してトンネルを開通させた僕はその時初めて、砂の山越しに相手を確かめたのだ。

山越にこちらを覗き込み、にこりとうれしそうに笑ったあの顔。

大きな目、長いまつ毛。


あれが、そう、椎名さんだったのだ。


僕の歓喜はトンネルの開通に留まらなかった。

僕たちはそれから毎日園庭で遊ぶようになった。

彼女は、僕が幼稚園入園以来、初めて心から受け入れることのできる子だった。そして、僕も相手に受け入れてもらっている実感があった。彼女と一緒に遊んでいる時間は一点の曇りもない、心と心が通う感覚に満たされた。彼女との時間はいつでも光に溢れていた。


しかし、幼稚園卒園までは僕たちにとってあまりにも短かい時間だったのだ。


卒園式には桜が咲いていた。


式を終え、めかしこんだ母に手をつながれて帰路に就いた僕は、同じようにお母さんと手をつないでいた彼女と一緒に歩いていた。

そして、曲がり角。

お母さん同士は軽く挨拶をしただけだったが、僕はこれが彼女との時間の最後なのではないかと、はっと気づいた。

そして、その予感は正しかった。僕たちがその時歩いていた道がまさに二つの小学校の学区の区切れ目だったのだ。


鬱蒼とした森のような邸宅の土塀の横の下り坂を、彼女はお母さんに手を引かれて歩いて行った。そこから先は、僕が行ったことのない未知の場所だった。


しばらく立ち止まっていた僕の方を、彼女は一度だけ振り向いた。


その切なそうな目。


その目が、僕が今日、彼女を思い出すキーワードだった。

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