ビブス

「鼎君、準備オッケー。うまくいくかな?」

「あ。山田さん。やってみなきゃわかんないよね。こればっかりは」

「でも、先駆的」

「うん、画期的」

「だけど、伝統的」

「うん。前にテレビのニュースで観たことあるよ、これ」

「楽しみだね」


あの日のホームルームから一週間が経った午後はよく晴れた。今日は中三のクラス、最後のレクリエーションだ。

給食の後の昼休み、学級委員長の山田さんと僕は、石灰で引かれた白線の前で教室から椅子を校庭に持ち出すクラスメイトを眺めていた。


「心配なのは将棋部の二人だな」

「はは」

「回るのとか、崩すのとかしか殆どやったことないって」

「将棋部なのに」

「駒の進め方ぐらいは分かるみたいだけど」

「なら、なんとかなるわよ。きっと」


昼休み、校庭に石灰で9×9に引いて作った格子は、将棋盤を表していた。クラスメイトはプリントを見ながらその所定の場所に自分の椅子を置いている。


その格子の東西の外側には、テニス部から借りてきた審判台とプールから運んできた監視台が置かれていて、その上に早くも東軍棋士の酒井と西軍棋士の神田が座っている。この二人はどちらも将棋部だけれど、西軍を動かす神田がさっきから目の色を変えて図書室から借りてきた本を読んでいるのが気になる。ちょっと覗くと将棋のルールブックだった。大丈夫だろうか。


格子の中の所定の場所に椅子を運んだクラスメイトは、模造紙をピンで留めたビブスをゼッケン係の女子生徒から受け取っている。ビブスは体育倉庫から借りた。模造紙はビブスの裏表に貼り付けてあって、表は黒いマジック、裏は赤いマジックで二文字の漢字が書かれている。


「もうすぐ昼休みが終わります。5時限目になったらすぐ始めましょう」

「あ。はい」


RPGと言われてこの企画を思い付いた神林先生がすぐ横に立っていた。


「ははは。私の思い付きが通っちゃいました」

「どう考えても他の案よりはマシでした。確かにこれはRPGです」

「退職前のいい思い出になります。ありがとう」

「そんな」


ゼッケン係の女子生徒がこっちに走ってきた。


「はい。これ、山田さんの「歩」。鼎君の「香車」」


僕たちの中学生活最後のレクリエーション、RPG企画「人間将棋」はこうして幕を開けたのだ。

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