煎餅

「泰造。で?それで、どうなったの?そのRPG」

「ははは」

「ん?」

「あ。父さん、ビール飲む?」

「もういらない。そんなに飲めねえや。年だな。ちっちゃい缶一本で充分」

「そ」

「で?どうなったのよ」


僕の家は煎餅屋をやっている。父は煎餅の職人だ。

かつては街道筋の宿場町だったこの辺りは、広い国道ができるまでは随分にぎわっていたらしい。今では大分廃れたけれど、旅館や料亭、和菓子屋さんが多いのはその名残で、父の店「鼎屋」も創業は江戸時代になる。


あの日のホームルームから三日たった夜、僕は仕事が終わった父とダイニングでくつろいでいた。学校の予習も復習も宿題もしばらくはおさらば。高校の入学までのひと月は気楽なもんだ。母は風呂に入っている。


「あのね、RPGを現実にするとさ」

「ああ」

「鬼ごっこになっちゃうんだよ」

「おお。成程。鬼の役、人の役」

「そうそう。あとね、けいどろ」

「刑事と泥棒」

「うん」

「そっか」

「それでさ、僕たち中学生活最後のレクなのに鬼ごっこをやるのかってさ」

「だな。まあ、悪くはないけど」

「うん、悪くない。勿論そういう意見もあった。でもさ、僕たちがやりたいのはRPGであって鬼ごっこじゃないし、なにより祝祭って感じがしない」

「うん」

「でね」


僕は最終的に決定した確かにこれはRPGと言えないことはない案を父に話した。


「ははは。それは先生にやられた」

「まあ。僕たちも大した意見を出せなかった」

「流石、年の功。そうだ、あのさ、言い忘れてた」

「何?」

「泰造のクラスさ、椎名さんって子、いるよな」

「ん?うん」

「かわいい子だな」

「あ?そう?」


そっけなく答えたけれど、確かにかわいい。

いや。すごくかわいい。

大きな目と長いまつ毛。小柄でおとなしい。勉強はよくできる。

でも、僕は殆ど話したことがない。


「今日、お母さんと一緒に煎餅買いに来てたぞ」

「え?へえ」

「うちが煎餅屋だって同級生に聞いたんだと。それで思い出したって」

「何を?」

「知らない?」

「何が」

「幼稚園が泰造と一緒だって言ってた」

「え?」

「覚えてねえの?」

「うん」

「そんなもんかね、幼稚園の記憶。まあ、向こうも忘れてたらしいけどな」


椎名さんが僕と幼稚園で一緒だった?

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